発売記念『改訂版 勝つ投資 負けない投資』の新章を無料公開!(第2弾)
パンデミック時、私はどのように行動したか
初版から8年以上歳月が過ぎ去りました。この間、株式市場に大きな影響を与えた出来事は、いつものように想像を超えるものばかりでした。イギリスのEU離脱、トランプの大統領就任、生成AIの出現、ロシアのウクライナ侵攻など、枚挙にいとまがありません。
中でも特筆すべきは、COVID-19によるパンデミックでしょう。そこでこの章では、パンデミック時に私がどのような行動を取っていたかを振り返り、私の投資スタイルのおさらいや、パンデミック後の仕事のやり方の変化などについてもお話しします。機関投資家の立場から、すべてホンネで述べようと思います。
2020年の年初、私はこの手のタイプの出来事にはまったく知見がなかったため当初はSARSやMERS[※]といった感染症程度のものだろうと思い、さほど気にとめていませんでした。ですので、同年2月後半頃に株式市場が下落し始めた時は、かなり驚きました。
[SARSやMERS]いずれも重度の呼吸器感染症で、SARS(重症急性呼吸器症候群)は2002~2003年にかけて中国からアジア各地域やカナダなどに感染が拡大。MERS(中東呼吸器症候群)は2012年にアラビア半島を中心に発生しヨーロッパへ拡大した。
私は日頃から株式市場だけではなく、世界中の債券、不動産、デリバティブなどの動きも見ているのですが、当時はあらゆる資産クラスが一様にリスク回避的な動きをしており、それらが示唆するところは、世の中の経済活動がしばらく完全に止まることを織り込んでいるかのように見えました。
ただ、「相場が早く動いている時ほど、視点を大きく構え、ゆったり考えて行動し、相場がゆっくり動いている時ほど、素早く考えて行動します」と、本編でも述べていたように、私は運用するポートフォリオを何も動かさないと決めていました。人は来月のマクロ経済統計すらまともに予想はできないのですから、こうした想定外の出来事の行く末を予想することなど、到底できることではありません。
ですので、世間の混乱とは裏腹に、在宅で仕事をしていた私は早くにPCやスマホの電源を切って、映画を観たり近所を散歩したりしていました。
朝になって会社のPCを立ち上げると、案の定、そこには面倒なメールやチャットが渋滞していました。
営業部からは「半年前にファンドを購入したばかりの大口顧客が、簿価を大きく下回る負けとなっているため、3月末の決算をまたぐ前に損切りする可能性があるそうです。全解約をする場合のスケジュールや執行コストの提示を求められています」、リスク管理部からは「シミュレーションによると、あなたのポートフォリオは予想成長性ファクターや、売買回転率ファクターが過大であるため、想定外の負けを被る可能性があります。これらに対してどのように対処する予定かお聞かせください」など、私としてはそのまま何も見なかったことにしたいような連絡が入っていました。
ただ、サラリーマンであるため、結局はこうした不毛な仕事に追われていました。
同年3月に入ると、売りが売りを呼ぶような連日の大幅下落が発生しました。相場を見ていると、私と同じような境遇にある機関投資家が、泣く泣く現物株を手放したり、ファンドの解約に対応するために指数先物を売り建てたりしている様子が、手に取るようにわかりました。
プロ向けの資金を運用する私募ファンドの場合、売買する規模が大きいため、証券会社と相対でバスケット取引[※]やブロックトレード[※]などを行います。
[バスケット取引]複数銘柄をバスケットに入ったひとつの商品とみなしてまとめて売買する取引。
[ブロックトレード]証券会社を通じて、大量の同一銘柄の売却または購入を相対で行う取引。
しかし、相場が大幅下落しているような地合いだと、通常時よりも大きなスプレッド・コストを証券会社に支払う必要があるため、ファンドのパフォーマンスは実態以上に悪化してしまいます。顧客は自分たちがファンドに残り続けて最後のババを引きたくないので、解約通知を急ぎます。こうして解約がドミノ倒しで発生し、売りが売りを呼ぶクラッシュが発生します。
メディアはいつものように報道という名の無責任なノイズを発信し、混乱を煽っているように見えました。私のメディア嫌いは年々加速しており、自分のコメントがたびたび掲載される日経新聞ですら、購読していませんでした。
「本日15時から、大口顧客のA銀行さんが小松原さんとミーティングをしたいとのことですので、スケジューラーに入れておきました、それからB基金さんも17時からです……」
ファンドマネージャーの仕事の半分はマーケティングだと揶揄されますが、私は「やれやれ」と思いながら、しぶしぶ首を縦に振りました。
本編を読まれた読者のみなさんならご想像がつくと思いますが、私が顧客に対して述べることは、まるでお坊さんの読経のように、いつも同じものでした。
「パンデミックにより一時的に業績が悪化するかもしれませんが、投資している企業の成長ストーリーや業績予想は大きく変わりませんので、期待リターンは変わりません。よってポートフォリオに追加的なアクションは必要ありません」
大口顧客というのは年金基金や銀行、保険会社などであり、自身もプロの機関投資家であるため、こうした私の発言を単なる綺麗ごとだと受け止める人も多くいます。特に、日本の機関投資家は投資家としての成熟度が低く、また、社内へ報告するための材料探しをしている場合が多く、投資先ファンドのパフォーマンスの悪化に対する合理的な言い訳や、追加的な対応策を求めてきます。
「この四半期で見ると保有銘柄の勝率が著しく悪化している。損切りのディシプリンはないのか」
「見通しづらい市場環境にあっては、トラッキングエラー[※]を引き下げ、身構える必要があるのではないか」
「このセクターのコンセンサス予想[※]は足元で低下してきている。それでもあなたはこの銘柄の今期業績は上振れると言えるのか」などなど。
[トラッキングエラー]ファンドやポートフォリオとベンチマーク(インデックスなど)のリターンとの乖離の大きさを表す指標。
[コンセンサス予想]複数のアナリストやエコノミストなどが分析した企業収益や株価動向、経済予測の平均値。
何を言われても私は折れることはないため、お互いに論点がズレたまま、堂々巡りが繰り返されました。
私は自分の発言の行間には「パフォーマンスに納得がいかなければ解約してくれればいい」という意味を込めていました。大口顧客からファンドが次々に解約されれば、私はクビになります。投資先の社長や組織のクオリティーを調べ、中長期的な業績成長の確信度を高めるという投資哲学が通用しなくなれば、私もようやく引導を渡され、引退できるなと心のうちでは思っていました。
結果的には、私は8年前と何も変わらず、今もファンドマネージャーとして仕事を続けています。パンデミックによるショック時を含めて、結局は一度もファンドを解約されることはありませんでした。
一方、この数年で数多くのファンドマネージャーが退場を余儀なくされました。アクティブファンドは総じてパフォーマンスを悪化させており、
「アクティブファンドは結局勝てない」
「インデックス型のパッシブファンドが最も効率がいい」
という声が主流となってきています。
こうした状況で、「なぜ、あなたはあらゆる相場環境の中で、パフォーマンスを大きく崩すことなく生き残れているのか?」と尋ねられることがよくあります。
私としては何か特別なオペレーションを行っているということはなく、シンプルに自分の投資スタイルを変えずにいることが、その要因であると思っています。パフォーマンスを大きく崩したファンドを見ていると、外的な圧力に屈して投資スタイルを変更したり、“らしくない”銘柄をポートフォリオに組み入れてしまったりしているように見受けられました。
“らしくない”銘柄は一時的にはパフォーマンスの悪化を是正してくれますが、変化する相場環境の中で、ポートフォリオの軸がブレてしまい、結局は後追いばかりをしてパフォーマンスを悪化させてしまうことになります。
プロの投資家であっても、自分の投資スタイルを維持し続けることが、いかに難しいかがよくわかります。
投資において、変わったこと、変わらなかったこと
さてここで、8年前との答え合わせをしてみましょう。本編で具体例として挙げていた信越化学はどうだったでしょうか。
2015年3月期の営業利益は1853億円でしたが、2023年3月期のそれは9982億円になり、営業利益率は14.8%から35.5%になり、同期間の株価は約5倍になりました。2015年当時、私はプレゼンなどで同社は1兆円以上の営業利益を稼ぐ会社になると発言していましたが、内心では誰も信じていなかったと思います。ですが、それも射程に入ってきています。
これほどの劇的な成長を遂げた背景にはどのような秘策があったのかと聞きたくなるかもしれませんが、この間、同社は主力事業の塩ビ樹脂や半導体向けシリコンウエハー、シリコーン樹脂などの競争力を地道に上げ、販売量の増加によってシンプルに増収増益を続けてきただけでした。
証券会社の化学セクターアナリストの2015年当時のレポートにはこうあります。
「競合として中国勢などが台頭してきていることを考慮すると、信越化学の主力事業のシェアはすでに上限に近く、価格決定力を失う可能性もある。株価バリュエーションはヒストリカル・レンジの上限に近く、割安感に乏しい。レーティングは中立を維持する」
木を見て森を見ずとはまさにこのことです。そこには「なぜ信越化学は本質的な競争力において抜きん出ているのか」についての考察がなされていないことがわかります。同社の異質さ、異常さは、たとえ四半期決算の内容を見ても、他社とは違う何かがそこにあると気づけるはずです。
そこを出発点に、ネットで取得できる情報だけであっても、同社の組織づくりや人材の競争力などについて知ることができ、確信度を高めていくことは十分に可能でした。幸いにして、8年以上が経った今でも、状況は変わっていませんので、私としてはありがたいことでもあります。
振り返ると、私は信越化学の他に20以上の銘柄をこの間保有し続けています。さまざまな相場の変化や、パンデミックの暴落の際にポートフォリオから外してしまっていたら、当然、私は生き残っていなかったでしょう。
最後に、パンデミック後に変わったことについて述べたいと思います。
まず、私はパンデミックが発生してすぐに、自然豊かな地域に引っ越し、在宅で仕事をするようになりました。また、以前は社内のアナリストが主催する企業取材に、多い日で4件ほど参加することもありましたが、パンデミック後はほとんど参加しなくなりました。これにはいくつかの要因があります。
第一に、業界的にインサイダー規制が厳しくなり、閉じた空間で企業取材を多く行っていると、あらぬ疑いをかけられるリスクが上がるようになってきました。
第二に、社内のアナリストがESGやSDGsといった軸でリサーチを行うことが強制され、また取材先企業との対話を行うことが義務づけられるようになるなど、私が重要視しているポイントとはズレた論点での企業取材がほとんどとなってしまいました。
ページの関係でESGやSDGsについて多くは述べられませんが、業界には3種類の人間がいます。
ひとつは、私のようにそれが大いなる茶番であることを知っており、関わらないように距離を置いている者、2つ目は茶番であることを知りつつ、マーケティングの方便としてそれを利用している者、3つ目は本当にESGやSDGsの観点から投資先を選ぶことが、未来の人類社会のためになると信じている者です。
投資を行うこと、あるいは投資で勝つことには、ESGやSDGsにおいて評価できる企業を選ぶことは当たり前に含まれているものであり、あえて切り出してレーティングを付与したり、新ファンドを売りつけたり、メディアにプロパガンダを流させたりするようなものではありません。
企業取材は減らしていますが、私は一人で取材先の経営陣と会うようにしているので、組織力や人的な資産を知るためのディスカッションに多くの時間を使えるようになりました。
また、可処分時間が増えたことで、決算発表をよく見るようになりました。前述したように、決算実績を見るだけでも、他社とは違う何かを持つ企業の異質さ、異常さを見つけることは可能です。そしてそこからさまざまな公開情報を、時を遡るようにして読んでいき、確信度を高めていきます。
近年は割安株の中から、突然、不採算事業の売却や、株主還元の強化を発表する会社も増えてきました。
こうした突然の変化は、決算サプライズとして翌日の株価が大きく上昇しますが、その後からでも、それが内的な変化によるものかどうかを見定めれば、株価の上昇を享受することは十分に可能だと思います。この手法は機関投資家よりも、時間や熱意や、リスクを取れる個人投資家のほうが向いている手法であるといえます。
最後になりますが、パンデミックを経験して、社会全体が無理・無駄を省く方向に動き、効率化が進んでいます。株式投資も、機関投資家と個人投資家の情報格差はほとんどなくなってきました。
投資は一生涯かけて続くものです。本書が、みなさんの勝ちパターンの確立の一助になれば幸いです。
出典:『改訂版 勝つ投資 負けない投資』
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?