発売記念『改訂版 勝つ投資 負けない投資』の新章を無料公開!(第1弾)
この10年で、マーケットはどう変わったのか?
本書の初版執筆から8年以上の時が流れ、世の中もマーケットも、そして僕自身も大きく変わりました。
しかし、本書の内容は今読み返してみても非常に充実していると思える部分が大半です。執筆時のコンセプトを、「流行り廃りに左右されない、時の試練に耐える普遍的な中身にしよう」と決めて書いたのですが、その狙いはおおむね達成できているのではないかと感じています。
当時、日経平均2万円で感動していた株価は、3万4000円まで上昇しました。その間には、株式市場やマクロ経済において大小さまざまな事件や危機があり、とりわけ2020年には全人類を震撼させたコロナ・ショックがあったにもかかわらず、相場は人々の予測を超えた長期の上昇トレンドが継続しています。
僕自身は、2017年に最大で160億円の資産を達成しました。その原動力となったのは日本ライフラインという買値から20倍になった銘柄での成功で、それは本書に記した投資のエッセンスを凝縮させた、投資家人生の集大成とも呼べるようなトレードだったと思います。
その後はスタートアップ投資やM&Aを通じた事業の取得など、上場株の運用以外のことにも手を広げる時期がありましたが、今ではそれらは各事業の責任者に任せ、自分自身は再び株100%の人生を送っています。そうして改めて相場と全力で向き合う日々を繰り返す中で感じるのは、昔に比べて個人投資家の平均的なレベルが格段に高まったということです。
今でこそ、私たちは米国の長期金利の動向について当たり前に論じていますが、昔はそんなことを見ている個人投資家はほとんどいませんでした。
マクロ経済のデータをもっと追うべきだと個人投資家が強く意識させられたのは、2022年1月から起きたグロース株[※]の大崩壊がきっかけではないかと思います。
[グロース株]成長株とも呼ばれ、株価が将来的に大きく上昇すると期待されている株式銘柄のこと。2022年にはグロース株とされていたインターネット・半導体関連企業などの株価が大きく下落した。
中央銀行の姿勢が緩和から引き締めに転じ、金利が反転上昇し始めたのと同時に、それまで「成長性」の一言でどんな価格も許されてきたグロース株が暴落し、半年後には軒並み3分の1や4分の1、あるいはそれ以下の株価になる銘柄が続出しました。
その背景に金利の上昇があったことは明白なので、もし相場が下がる前から金利動向に注意を払っていたら、下落を避けられていたどころか、空売りによって大きな利益を得る機会とすることもできたはずです。そうした経験から、僕たちはもっと金利のような大きな存在にも目を配ろうということを学習したわけです。
でも、もしそういう話であれば、遥か以前に起きたより大きな衝撃、それこそ2008年のリーマン・ショックの段階で十分に学習が行われていてもよかったはずです。
そうならなかったのは、個人投資家に手軽に情報を行き渡らせるツールが当時は未整備だったからです。つまり、XやYouTubeなどが投資情報を共有するプラットフォームとして十分に広まったことで、情報発信をして注目を集めたり、それ自体を生業としたりする人たちが登場し、彼らの活動によって個人投資家の基礎的な能力が、結果として大きく引き上げられることになったということでしょう。
個人投資家のレベルは上がっている
その昔、日本の株式市場には裏技のようなものがいくつも存在していました。僕の知る最古のものでは、「日中に急落した銘柄のリバウンド取り」や「ストップ高投資法」などがあります。
前者は、材料なく突如大きく売られた株を拾うと高確率で反発するというもので、原理としては、当時は個々の銘柄の瞬間的な値動きを幅広く見ている人が限定的だったため、いち早く反応すれば遅れて気づいた人が後から買いを入れてくることが多かったということではないかと思います。これはスキャルピングという秒単位のトレードに進化した後、アルゴリズムトレードに代替され、今ではあまり聞くことがなくなりました。
後者はもっと単純で、ストップ高で終わった株は翌日も買い気配で始まることが多いので、ストップ高に近くなったらとにかく買うというものです。今となっては信じられない話に聞こえると思いますが、相場のいい時期にはこれが実にワークし、爆発的なリターンを得た人もいました。
他には月次投資法などもありました。昔は小売や外食企業の出している月次業績をつぶさに見ている人が少なかったので、これを追うだけで次に出てくる決算の内容がある程度予想でき、しかもそれが株価に大して織り込まれていないという状況がありました。これを活用して魔法のように好決算を当て続ける投資家がいたことを記憶しています。もちろん、今では月次情報は出た翌日には株価に織り込まれるので、売上高の面で決算情報がサプライズとなることはほとんどありません。
そして僕が本編で紹介した「すべての適時開示情報に目を通す」というやり方も、現在では多くの人が当たり前に実践する投資行動のひとつとなっています。武道やスポーツの世界でも、かつて画期的とされた技が研究され、模倣された結果、今日ではごく一般の基本動作になっているということがあると思いますが、それと同じようなものでしょう。
こうしたことの積み重ねによって、現在の個人投資家が備える投資判断のための前提はかつてなく高度なものとなり、単純な誰かの見落としや市場の穴を突くような、いわゆるシステムをハックするタイプの勝ち方、優位性というものはかなり消失したと見ています。そのため、具体的な手法に特化した株式投資本の中には、今では無用の長物となってしまったものも多く存在するでしょう。
実際、僕が日本ライフラインを安く大量に仕込むことができたのは、投資家間の競争環境がまだ緩やかだったからに他なりません。今後の業績改善を強く示唆する決算内容が出ていたにもかかわらず、株価の反応は3カ月間ほとんどありませんでした。今なら数日のうちにストップ高1回分くらいは上昇したのではないかと思います。
このように、過去には開示情報を丹念に見ている人が多くなかったため、決算短信からそれなりの解像度で読み取れる将来性が株価に十分に反映されていないというシチュエーションがしばしば存在しました。それゆえに、限定的なリスク、大きなリターンという状況にある銘柄を発掘できたので、本編で僕が具体的な投資手法として紹介した「小型成長株への集中投資」を実践することには十分な理があったのです。
しかし、今ではどちらかといえば、少しでもいい材料があると株価が過剰に織り込み過ぎて、リスクばかりが先行する傾向が見られるようになっています。
中小型株は文字どおり、小さいから中小型株というのであって、本来は株式市場における秘湯的な存在です。だからこそ見つけた時のリターンが大きかったのですが、それで上手くいった個人投資家があまりにも長期間クローズアップされた結果、あたかもそれが王道であるかのような錯覚が広まってしまい、今ではリゾート地のごとく人が押し寄せ、需給の乱れを起こしているのでしょう。
とはいえ、中小型株だからこそ実現できる劇的な企業成長と、そこからもたらされる大きなリターンという魅力が失われてしまったわけではありません。あくまでも市場の見落としに乗じることが難しくなっているだけで、投資の本質とも呼ぶべき部分は今も昔も何ひとつ変わっていないのです。
例を挙げてみましょう。
市場がコロナウイルスの脅威に怯えていた頃、ホテル業界の株は2019年末比で半値かそれ以下にまで売り込まれていました。財務によって下げ幅に違いはあったものの、外食や旅行関連の銘柄も同じように大きく売られました。当初は破綻の恐れまで普通に想定できたので、その反応もやむを得ないものだったといえます。
その後、ワクチン接種の進展や政府の支援策の効果もあり、最悪期は脱して倒産の危機からは遠ざかったのですが、株価は低空飛行の時期が長く続きました。確かに、補助金頼みで正常な収益力がいつ戻るのかは誰にもわからない状況ではありましたが、かといって、人々の生活が未来永劫あの危機モードでいるわけではないことも明らかだったはずです。
人類の営みが続く限り、ホテルやレストランの需要は必ず復活する。そう捉えることができた人にとっては、誰にも邪魔されることなく安く大量に買う絶好機となり、後の2倍、3倍という株価上昇を享受できたのです。
これから求められるのは、投資の原理原則
別の観点でも投資機会はありました。
あの頃、「ウィズコロナ」というフレーズが盛んに用いられたことを憶えているかと思いますが、リモートワークの受け入れやEコマース、デジタルコンテンツ市場の急拡大など、危機に対応することで僕たちの生活様式は急速な変化を強いられました。そこに対応したサービスや製品を持っていた企業は追い風を受けて大躍進を遂げ、歴史的な株価上昇を見せる銘柄が相次ぎました。
中には収益が一過性で終わり、バブル的な上昇となってしまった銘柄も多数あるものの、株式市場が実社会の写し鏡であるという側面を見事に示した事象であったでしょう。
果たしてこれらの投資を実行するのに、他の市場参加者を出し抜くための小手先のテクニックが必要だったでしょうか?
そんなことはありません。
求められたのは「未来を考え通す力」と、「その未来を信じ切る力」。いわば、投資の原理原則というべきものであったわけです。
本編では、2013年頃を振り返って、スマートフォンが普及する未来や始まったばかりのモバイルゲームの市場性について取り上げ、投資家が想像力を働かせることの重要性を説きました。
ウィズコロナの連想ゲームはまさにそういうことであったし、最近でいえば、AIブームとそれにまつわる半導体関連株の上昇なども、同じようなパターンとして認識することができたかもしれません。僕たちが進化の歩みを止めない限り、社会やライフスタイルは常に移り変わり、そのたびに新たな投資の機会は湧き出てきます。これを捉える醍醐味は未だ健在である。そう言い切っても非難する人は現れないでしょう。
ところが、今や投資の世界もタイパ重視であり、今日明日には動かないと見るや次の銘柄に飛び移るような投資行動を取る人、まるで馬券を買うかのような感覚で決算を持ち越すような人も見られるようになりました。そういう人は一見すると効率重視で立ち回っているように見えて、実のところすぐに結果の出ない投資にコミットができないだけなのです。
僕の頃とは打って変わって、誰も彼も決算を見るようになったことで、多くのプレイヤーが決算というイベントを通じて「よりインスタントに稼ぎたい」と望むようになったように感じます。
であればこそ。どっしりと腰を据えた中長期投資に耐えられない人が多くなったからこそ、正統派のストーリー型投資の重要性がますます高まっているのではないかと思うのです。そうした場所にこそ活路があるというのは、「人の行く裏に道あり花の山」という有名な相場格言の教えるところでしょう。
日本市場を取り巻く状況も随分と様変わりしましたが、ここ数年で起きた最大の変化といえば米国株投資の普及です。
先ほど、SNSを起点とした投資情報の流通革命が起きたことを説明しましたが、そこで活動するインフルエンサーがある時期こぞって取り扱ったのが米国株でした。
これには、国内株の情報は証券会社や既存のメディアなどにガッチリとカバーされていて参入余地がなかったのに対し、米国株の情報はまだ手薄で、その空白地を埋める需要が存在したからだと考えられます。それとナスダックのグロース株の爆発的な上昇が相まって、個人投資家における米国株投資の立ち位置が劇的に変わりました。
S&P500[※]や、全世界の株式に投資するオールカントリーといったインデックス投資も含めれば、今では新たに株式投資を始める人のかなりの割合が日本株以外からスタートしているのではないかと思われます。「外国株はよくわからないのでとりあえず日本株」という、ホームカントリーバイアスは、かつてよりもかなり薄れていることを肌で感じます。
[S&P500]米国の代表的な株価指数のひとつ。米国株式市場全体に対し約80%の時価総額比率をカバーしており、米国市場全体の動向を把握する上で重要な指標といわれている。
本書では、投資との適切な付き合い方をしっかりと見つけて欲しいということを強調しました。投資には間違いなく向き不向きがあり、人によって相場に注ぐべき時間や情熱は異なります。
ただ、先程の外国株の例のように投資先の選択肢も幅広くなり、確実に投資と付き合いやすい時代になりました。
かつては投資情報といえばマネー誌やネットの掲示板くらいしかありませんでしたが、今はお手本となる市井の投資家もネット上に多数いますし、匿名のプロ投資家による情報発信も豊富ですから、ロールモデルや好みのスタイルを見つけることも容易でしょう。
僕のように個別株に心血を注ぐ人も、お手軽にS&P500のETFを買う人も、等しく個人投資家です。1人でも多くの方が有益な投資家人生を歩める結果となることを願い、また本書がその一助となればとの思いを込め、本改訂版の締めくくりとしたいと思います。
出典:『改訂版 勝つ投資 負けない投資』