【壁シリーズ第2弾】
天空の城ゴルド(Gordes)から広大なプロファンス地方の大地を見下ろすと、昨晩まで宿泊していた赤土にルシヨン(Roussillon) の赤土に囲まれた街が視界に入った。さらに左に3〜4キロほど視線を移したところに、高く連なった不思議な崖を見つけた。ガイドブックにも載っていない場所ではあったが、とくに急ぐ旅でもなかったので、確かめに行くことにした。
オリーブ畑の小道を右へ左へ。凛々しく聳え立つ巨大な崖を目指すことは簡単だった。近づくにつれて、これは大発見に違いないという予感が確信となった。マルコポーロが初めてインドに出会ったときの感激、というか、言い過ぎだな。そして、麓の静かな村リウ(Lioux)から改めて見上げた絶壁の神々しい姿に言葉を失う。それと同時に、妙な懐かしさを覚えた。この崖はどこかでみたことがある。最近見たアニメ…そうだ、あれだ! 昨年ファミリーでの演奏のため子供たちが葉山の家に集まった時、不運にもぼくがコロナにかかりコンサートはドタキャン。隔離期間に観ていたのが「進撃の巨人」だ。はじめは付き合い程度に見ていたのだが、妙にリアリティあるアニメのタッチや現代社会を風刺する深みのあるストーリーに徐々にハマっていった。そう、その巨人たちが行き交う世界を分断するためにできた正にその不気味な壁が、目の前に広がっていたのだ。まるでこの高い壁の向こう側を巨人たちが徘徊しているような錯覚に陥った。
地元の案内書きで、この崖が Falaise De La Madeleine という名前であることがわかった。全長7キロ、高さ80メートルの崖。およそ2.5 BCに出来たものだという。前にも述べたが、いわゆるガイドブックには登場しない。だから観光客は皆無。出会ったのはサイクリングを楽しむ地元の人々ばかりであった。このエッセイをきっかけに、オリーブとブドウに囲まれたこの長閑な田舎が「進撃の巨人」のメッカとして観光客でいっぱいになってしまったらどうしよう、とニンマリした。
壁の向こう側はどうなっているのだろうと興味が湧いてくる。壁の左側から車で上がっていく小道を見つけた。頂上まで上がったところで道は途絶えていた。初老の紳士がシェパードを連れて敷地から出てきた。ここから先はプライベートだから入れないよと言われた。若かりし頃のステファングラッペリによく似た人だったので妙に親近感を覚えた。親戚かどうか、確かめればよかった。