「すばらしき世界」を見て

西川美和監督の「すばらしき世界」という映画を見たのだが、この映画を見て、前科を持っている人について少し考えてしまった。

「すばらしき世界」は元ヤクザで前科10犯、殺人などの罪で合計28年を刑務所で暮らした人の役を役所広司さんが演じているのだが、僕もかつて殺人罪で服役していた人と一緒に働いていたことがある。

それは福岡の志賀島というところで、定置網の仕事の手伝いをしていた時のことで、僕がハローワークで募集していた漁師の仕事に応募し、定置網の漁船に乗って、とてもつらい仕事に耐えていると、一ヶ月ほど経った時に、宮崎さんという人が新たに入って来た。

当時僕は45歳くらいで宮崎さんは10歳くらい年上、55歳くらいだったと思う。宮崎さんは元スレート屋根の職人だったということで、テキパキと仕事をこなす、いかにも「馴れた感じ」の人だった。

漁船に乗っていた他の漁師の人たちは、ほとんどが地元の志賀島出身の叩き上げの漁師ばかりで、僕と宮崎さんは自動的に一番下っ端の見習いチームになったわけだが、一応一ヶ月は先輩なはずの僕を宮崎さんは当然のように「下の者」と扱って、僕のことを「ヒロ」と呼び、漁師連中には「ヒロは俺が一人前に仕込みますけん」と、ヤクザのような口をきいていたらしかった。

宮崎さんは元ヤクザではなかったが、若い頃から喧嘩自慢で女自慢で、今で言う「ハングレ」のような、ヤクザではないけど素人でもないような立場の人だったようだ。金子正次監督の「竜二」のモデルは俺だと言っていた。僕は「はったり」だと思っていた。

漁師の仕事には、陸続きの志賀島まで車で通っていたのだが、宮崎さんは車を持っておらず、免許も失効しているようだった。後から思えば服役中に失効したのだと思うのだが、なんとなく僕に取り入ってきて僕の車に同乗して志賀島まで通うようになった。ちなみに志賀島というのは福岡市内から海の中道という半島のような道を延々行った先の橋で福岡市とつながっている。

そんな宮崎さんと、ある日、志賀島の近くの和白というところにあるうどん屋でうどんを食べていると、まさに「すばらしき世界」の中で役所さんが着ていたような、犬のプリントのついたセーターを着た、一目でヤクザとわかる風体の人が入って来た。

その人に宮崎さんが「おう、〇〇やないか、久しぶりやのう」と声をかけたのである。その〇〇さんは、かつて宮崎さんがスレート職人をやっていた頃、その組で見習いをしていた人で、今ではヤクザの組に転職しているようだった。

宮崎さんが「あの頃はお前は19くらいやったかのう?」と言うと、〇〇さんが「いや、16か17ですよ。」と言うので、「いや、19くらいやったろう?」と宮崎さんが言うと、「そうですか、その時には指ありました?」と言って、〇〇さんが両手の手の平を前につき出すと、右手にも左手にも小指がなかった。

「俺が指を詰めたのは18の時ですけん、指があったんなら16か17ですよ」と〇〇さんが言うと宮崎さんは黙ってしまった。そして宮崎さんが「俺は今、漁師をしよるんよ」と言うと「漁師?そんなん儲かるんですか?」と〇〇さんはバカにするような口調で言い、そこから宮崎さんとのはったりの応酬になった。最後に宮崎さんが「〇〇、お前は服役したことはあるんか?」と言い、「いや、まだないっす。」と〇〇さんが答えると、「俺は女にやらせとった店にシャブ中が包丁持って入って来てなあ、そいつを殺してしもうて、懲役3年よ。」と、はったり合戦では宮崎さんの勝利に終わったが、ついに宮崎さんの経歴がバレてしまったのである。

宮崎さんは女にバーをやらせて、自分はウェイター兼用心棒のような立場だったのだが、ある日その店にシャブ中の男が包丁を持って乗り込んで来て、宮崎さんがその包丁を取り上げて刺したところ、相手は絶命してしまい、居合わせた客が裁判で証言してくれて正当防衛を主張したが、過剰防衛で懲役3年となり、服役して出所と同時に漁師の仕事に就いたのであった。

別に僕はそのことで宮崎さんのことが怖くなったわけではないのだが、やはり結果的に人を殺すような経験をする人は、自分のことも他人のことも、あまり大切には思っていないんだなあと思い、それまでに宮崎さんの言動の端々から感じていた違和感のようなものの正体が、なんとなくわかったような気がした。

このことがきっかけではなかったのだが、漁師の仕事の過酷さはそろそろ限界に来ていて、僕は試雇期間の3ヶ月が終わった時に漁師の仕事を辞めた。その後ディレクターに復職して編集作業をしていた時に、一緒に漁船に乗っていた人から電話があって、宮崎さんが昔の女に店をやらせているので、今度一緒にその店に行こうと誘われたが、その時は仕事が忙しく、しばらく経って教えられた場所でその店を探してみたが、見つけることきはできなかった。

長くなってしまったが、「すぱらしき世界」を見て、なんとなくそんなことを思い返していた。

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