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少年よ、そのトラウマを君の糧にせよ

かつて東映のグループ企業に勤めていた。1990年頃のことである。

その時には東映系列の映画館は、
社員証を呈示すれば全て無料で入館できたが、
東映の封切館には見たい映画は全然かかっていなかった。

唯一高田馬場東映パラスという二番館で、
時々面白そうな映画がやっており、
高田馬場には当時ACTミニシアターもあったので、
ついでにここにも時々行っていた。

ある夏の日、ゴールディングの「蠅の王」を
再映画化したものがかかっていて、
見に行ったのだが、
どうも夏休みだったようで、
小学校高学年くらいの男の子が、
お母さんに連れられて見に来ていた。

ゴールディングの「蠅の王」は、
あらすじだけ読めば
少年たちの漂流記のような作品、
のようにも思えるが、
実は無人島に流れ着いた少年たちが、
二つのグループに分かれて殺し合うという、
一筋縄ではいかない物語なのである。

しかもイギリス映画である。
デレク・ジャーマンとか、
ピーター・グリーナウェイとか、
ダニー・ボイルとか、
どうしてイギリス映画ってこうなんだろう、
というような感じのイギリス映画である。
ある意味救いのなさが徹底している。

見終わって映画館を出る時、出口のところで、
真っ青になってガタガタ震えているその少年を見た。
連れて来たお母さんも困ったような顔をしていた。

少年よ、テレビなんかでは見る機会のない、
悪意と暴力の描写を見て、怖くなったのかい?
でもただ怖がってたんじゃもったいないよ。

大勢の大人が集まって協力して、
一生懸命こんな不愉快な映画を
作っているのにはそれなりの意味があるんだ。

ゴールディングはノーベル文学賞を獲っている、
ある意味偉い作家なんだよ。

夏休みアニメ祭りなんかじゃなく、
自分の意志でこの映画を選んだことを、
むしろ誇りに思ってくれ。

「蠅の王」とは聖書に出て来る、
ベルゼブブという悪魔のことである。
元はオリエント世界の神で、
バアル・ゼブル (気高き主)と呼ばれていた。

異教を嫌うキリスト教徒から、
こんな不名誉な名前を付けられたのである。
聖書における悪魔とはほとんどこのような出自だ。

この少年ももう40代の中年になっているはずだ。
彼の心の中に
どんな無敵の悪魔が成長しているか楽しみである。

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