「ペコロスの母に会いに行く」について
『これは、2015年の3月8日にFacebookに投稿していた文章です。今日「思い出」欄に甦って来たので、noteにも再投稿しておきます。』
どうしても、いい映画とは、
出会ってしまう運命を持っているようで、
最近も「そして父になる」と、
「舟を編む」を見る機会があり、
それがどちらも2013年の作品で、
どちらも良かったので、
ちょっと気になってネットで調べたところ、
同じ2013年の日本映画で、
一番評価が高かったのは、
「ペコロスの母に会いに行く」だった。
それで昨日、それを見たのだが、
評判通りの傑作だった。
監督は森崎東(もりさきあずま)、
知らない方も多いかもしれないが、
喜劇映画の大ベテランである。
何をもって「良い映画」とか、
「傑作」とか呼ぶのかというのは、
人それぞれに基準があると思うのだが、
その映画と出会うタイミングとか、
どういう精神状態で見たかということとかが、
大きく作用しているように思う。
そういう個人的事情が大きいとは思うが、
その映画が持っている、
基本的なトーン&マナーというか、
まず自分がその映画の世界を受け入れるというか、
その映画の世界に入っていけるかどうかが、
最低の条件になるように思う。
まず、その未知なる惑星に降り立った時に、
そこに呼吸できる空気があるのか、
飲める水はあるか、
口に合う食べ物はあるのか、
そういうものを整えて、
迎えてくれている映画なのかということが、
最初の条件として必要なのだと思う。
そうでないと、その映画の世界に入って、
落ち着いて呼吸することができないので、
その映画を鑑賞することもできない。
居心地の悪い部屋のようなものだろうか、
綺麗に掃除されているのに、
なぜか落ち着けない、
リラックスできない、
ビジネスホテルの部屋のようなものだろうか。
この部屋には自殺者の怨霊がいるんじゃないか、
あるいはかつてこのホテルの従業員で、
解雇された人の生霊が、
どこかに来ているんじゃないか、
そんな、根拠のない不安というか、
落ち着かない気持ちにさせる映画もある。
脚本が良くて、演出が良くて、役者が良くて、
照明が良くて、撮影が良くて、美術が良くて、
と、そんな、すべてがいい映画ならば、
もちろん居心地がいいに決まっているのだが、
何かひとつが特出して良かったら、
その「良さ」が全体を包む空気として、
気持ちのいい呼吸をさせてくれる、
「ペコロス」はそんな映画だった。
そんな空気の中では、役者も自由に、
伸び伸びと呼吸しているようで、
全体的に不自然な緊張感のある、
セリフや動作は少なかった。
僕にとって顔と名前が一致する役者は、
岩松了、赤木春恵、原田貴和子、
加瀬亮、竹中直人、温水洋一、
根岸季衣などだったが、
あと、知らなかったけど、
松本若菜という役者と、
大和田健介という役者も良かった。
というか、やはり演出が良かったのだろう。
具体的な演出については長くなるので省くが、
ひとつだけ、フラッシュバックについて言いたい。
ここで言うフラッシュバックとは、現在の映像の中に、
過去のシーンをはさみ込む演出手法のことなのだが、
映画ではよく使われるやり方で、クライマックスの、
感動を高めたいシーンなどに使われることが多い。
使い方によっては、あざとくて、
見ていて気持ちが萎えてしまうことも多いのだが、
この映画においては、母が痴呆症なので、
必然的に過去のシーンがフラッシュバックする。
そのフラッシュバックに出てくる故人が、
一堂に会するラスト近くのシーンが、とても感動的であった。
一人で見ていたら、声をあげて号泣していたと思う。
奥さんと一緒に見ていたので、必死にこらえたが、
ここまで感動を高めてくれる映画は久しぶりだった。
森崎東は今87歳だから、この映画を撮った時は85歳くらい。
ロベール・ブレッソンが、80歳を過ぎてから、
「ラルジャン」を撮ったことに感動していた僕だが、
日本にもこんな凄い映画を作る監督がいるんだ。
誇らしかった。
ちなみに、この映画にたどり着いた過程はこうである。
まず、2013年第37回日本アカデミー賞の結果が、
最優秀作品『舟を編む』(監督/石井裕也)
優秀作品『凶悪』(監督/白石和彌)
優秀作品『そして父になる』(監督/是枝裕和)
優秀作品『少年H』(監督/降旗康男)
優秀作品『東京家族』(監督/山田洋次)
優秀作品『利休に訪ねよ』(監督/田中光敏)
であり、この授賞式がテレビをつけたらやっていた。
しかも偶然最優秀作品賞の発表の場面で、
受賞を逃した「そして父になる」の福山雅治が、
悔しそうな顔をしているのが印象的だった。
その「そして父になる」がテレビで放送されて、
テレビをつけたら途中からやっていたので、
画面は見ずにパソコンを見ながら音だけ聞いていた。
音を聞くだけではわからない部分があったので、
改めてDVDを借りて見たところ、
まあまあいい映画だったので、
この映画より評価が高かった「舟を編む」は、
どういう映画だろうかと思って見てみたら、
やはり、「そして父になる」より好きな映画だった。
2013年にはこんないい映画が2本も作られていたのかと、
少し映画に対するモチベーションが上がり、
その少し後にテレビで放送されていた、山田洋次の、
「小さいおうち」という2014年の映画も見てみたのだが、
これが酷い映画で、それでは2013年の、
「東京家族」はどうだったのかと調べてみると、
あまり検索でヒットしない。
やっと「映画芸術」の、ベストテンではなくて、
ワーストテンの、それも1位になっていたのを見つけた。
その2013年「映画芸術」のベストテンの方がこれである。
1位 『ペコロスの母に会いに行く』(監督/森崎 東)
2位 『共喰い』(監督/青山真治)
3位 『舟を編む』
4位 『恋の渦』(監督/大根 仁)
4位 『なにもこわいことはない』(監督/斎藤久志)
6位 『もらとりあむタマ子』(監督/山下敦弘)
7位 『リアル~完全なる首長竜の日~』(監督/黒沢 清)
8位 『フラッシュバックメモリーズ3D』(監督/松江哲明)
8位 『横道世之介』(監督/沖田修一)
10位 『かぐや姫の物語』(監督/高畑 勲)
10位 『戦争と一人の女』(監督/井上淳一)
*『恋の渦』『なにもこわいことはない』は同率4位
*『フラッシュバックメモリーズ3D』『横道世之介』は同率8位
*『かぐや姫の物語』『戦争と一人の女』は同率10位
なんと日本アカデミー賞の優秀作品賞の6本が、
1本しか入っていないではないか、
「そして父になる」さえ入っていない。
これはどうなっているんだ、
1位の「ペコロスの母に会いに行く」というのは、
どんな映画なんだ、と思って、今回見てみたのである。
そしたらこれが大傑作。
ビートたけしが、日本アカデミー賞は、
大手が作った作品しかノミネートされないと言って、
問題になっていたが、
それはこういう意味だったのかと思った。
ついでに、2013年「キネマ旬報」ベストテンがこちら
1位『ペコロスの母に会いに行く』
2位『舟を編む』
3位『凶悪』
4位『かぐや姫の物語』
5位『共喰い』
6位『そして父になる』
7位『風立ちぬ』(監督/宮崎 駿)
8位『さよなら渓谷』(監督/大森立嗣)
9位『もらとりあむタマ子』
10位『フラッシュバックメモリーズ3D』
また見てみたい映画が何本か増えたので、
それはそれでよかったのだが、
ボーッとして与えられる情報だけを消費していると、
とんでもない方向に誘導されてしまうんだなと、
改めて「襟を正さなければ」という気持ちになった。
『ちなみに今日、ウィキペディアで調べたら、森崎東監督は、2020年の7月16日に92歳でお亡くなりになっていた。』