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大学生たちに話す機会がある人へ。ブッ刺さる講義とは何か?をリアルな内容とともにまとめてみた。

はじめに


私はブランディングプロデュースを専門に行う「株式会社クロマニヨン」という会社をやっているのですが、通常、クライアント企業の「ブランディング・プロジェクト」がスタートすると必ず最初に行うステップがあります。それは「キックオフ・セミナー」と題して、会社のトップをはじめ経営層とプロジェクトの中枢を担うスタッフのみなさんへ向けてお話をすることです。

◆「ブランディング・プロジェクト」って、そもそも何のためにやるのか?
◆ここでいう"プロジェクト”とは、何を目指し、具体的に何をやるのか?
◆そもそも、そもそも「ブランド」って何なのか?

これらの「共通認識」を持ってもらうためです。もちろんクライアント企業さんのタイプは様々で、コアの部分は変わらずとも、セミナーを行う数だけ「パターン」が存在するつもりでやっています。そこへきて、対象が「大学生」であればどうでしょうか?

私は、母校である「同志社大学」で2018年から(コロナの中抜けありつつ)、毎年1コマ(90分)のみの講義を依頼してもらっています。
授業は一般教養「キャリア開発の課題と方法」という授業で、1年生、2年生がメインで3〜4年生もいる、150人強の中教室授業で、要は様々な卒業生の方々に「どう仕事や人生を進むか?」のヒントをもらう!という、非常に開かれた科目です。

では、この画像を見てください。
これは、今回の講演(2024年11月20日)に対する学生156名分の感想リポートを読んで、全部の感想があまりに熱くて嬉しすぎたので、最高の言葉の一部を抜き出して、自分のインスタのストーリーにあげることで、自己承認欲求を満たしまくったものです(😂)

人生で最高だ!とか言われたら、ちょっと本気で嬉しい。実は前回も同じような大絶賛をいただいた。だからなおさら手応えがあったのです。なぜなら学生たちは社会的に無名の私のことなど知る由もなく(本も出していなきゃ、テレビも出てない)、会社名すら知らないので”期待値はゼロ”に間違いない。なので、そこまで激賞されるようなものなら、そのエッセンスを体系化してここに書くことで、あなたが学生さんに講義する際にはもちろん、学生と飲みながら話す時などの参考にしていただけないかなって思ったのです。つまり、この noteは、学生との対話に悩むあなたのためでもありつつ、マジでつまんねぇ、あなたの話を聞かされるかもしれない学生さんを、救うためにも(笑)書いています。

今回は、最新の授業の内容や送ってくれた感想を元に、どんな内容が学生の「琴線」に触れているのか?どんな内容が「心に響いた」のかを、、まとめてみました。

まずは結論

早速ですがまどろっこしいの好きじゃないので、結論先に書きますね。

伝えたいメッセージを
自らの"失敗談と苦悩が9割"の具体的な体験談を通じて、
キャッチーな表現で「言語化」する。

なんだ。つまらんな。って、思いましたか(笑)?
けど、この3行の結論は、個人的にこの課題において究極だと思ってます。それでは、今回やった僕の最新の講演をベースにざっくりと、この3行を解説させてください。

伝えたいメッセージに向けて

私の講義で最も伝えたいメッセージ(後述)に辿り着くために、90分中80分位は、具体的な体験談をお話ししながら積み上げて行きました。

伝えたいメッセージを
自らの"失敗と苦悩が9割"の具体的な体験談を通じて、
キャッチーな表現で「言語化」する。

ですから、具体的な体験談は、聞いてて「あちゃ〜」ってなるような、あなたの「失敗談」「苦悩」ばっかり話す!ということになります。

学生に自慢話をしても気持ちいいのはあなただけ

僕が学生に講演した経験は、今回だけではなく過去に高校生に対してなどいくつかありました。「登壇」となると、どうしても「成功(といっても大した成功じゃない😂)」したエピソードを、ドラマチックにダイナミックに3割くらい盛って、かっこよく話したくなりますよね。

私だと、遊園地時代にも広告会社時代にも自慢したくなるお仕事はいくつかあります。けど、経験上、学生さんは講師の成功談と、後付けの「ノウハウ」をたくさん聞かされてもたぶん、ほとんどの場合「面白いですね。けど、それはあなたの場合であり、結果論ですよね」って感じてます。はい。面倒な上司に酒の席で聞かされる「自慢話」「武勇伝」の、単なる公式版です。

自分に置き換えてみても、高校3年生の時、学校の創立記念の行事で「記念講演」なるものがあったのを思い出しました。福岡の田舎の高校から、東京大学法学部を出て、法曹界の重鎮になられた偉い先生が、自分の「半生」を語る!的なものでしたが、僕の記憶では全校生徒1200名のうち、60%以上の生徒の「首が垂直に折れて」いました。
ここには「すごいですが、あなたは東大に行く程の頭ですから・・・」という先入観を打ち破れなかったのと、話の抽象度が高くて、その世界に入れなかったのが原因だったと分析できます。

僕は新卒で遊園地事業会社に入社し11年働いた後、外資系の広告会社に18年間いました。ミノケモヨダツ失敗談やトラブルは枚挙にいとまがありません。
遊園地時代は、新卒入社後いきなりイベントショーの現場担当で、ひたすら破損した「ドラえもん」を縫い続けたり、着ぐるみ(くさい)の洗浄やったり、終わりなきペンキ塗りやゴミ拾いをせざるを得なかった時の苦しみの話や、鳴物入りの企画だった”実物大ウルトラマン”がイベント当日に炸裂してしまった事件の話。遊園地のトイレに「爆弾」が仕掛けられて大変なことになったことなど、苦悩と失敗の見本市です。

広告会社に入ってからは、100万部の「印刷ミス」をしたことや、トム・クルーズさんを招聘した時は、生まれて初めて「悪夢で飛び起きる」という体験に至った話。「BOND」というフリーペーパーの編集長時代には、読者ターゲットやデザインの画期的な変革は、すべて協力スタッフの助言からしか実現できなかった、情けない自分の話などを取り上げました。

どれも業界裏話的な要素もあって、リアル。
しかも、先輩が仕事の中で陥った超ピンチな状況は、聞いている学生にとっては「明日は我が身」という不安のドンズバであり、そのリアルな赤裸々告白を聞かされるのです。これ以上に、学生たちが「キャリア開発の課題」に求めていることはないでしょう。

なので、この時点で眠りこけている人は一人もいませんでした。「人の不幸は大好きさ♪」と歌詞を紡いだ当時の氷室狂介さん(氷室京介だろ!の指摘をよく頂きますが、1枚目の「モラル」時代、氷室さんは”狂介”名乗ってますから!)は、全てを喝破されてましたね。
そうした、膨大な失敗談や「あちゃ〜」な体験談の中で、気づいことをトラブルの解消のエピソードと共に話していきます。

飽きさせない中盤の展開

ここでご注意いただきたいのは、単に失敗談をはなし続けるのではありません。失敗談一つ一つから気づいたことを「言語化」して行きます。

例えば、前出の「実物大ウルトラマン」が壊れた話では、それを復活させた仲間たちの大活躍‼️な話ではなく、その話題を扱ったマスコミのニュースで、お客様がどう動いたのか?というところの気づきを言語化しました。
この場合「実物大ウルトラマン」という前代未聞のすごいイベントが、まさかの「崩壊」→ネガティブニュース(批判も)で大ピンチ → 現場における復活させる想いやドラマ→そして復活のニュース」という報道内容の流れで、俄然興味を持った人が増えて、予想以上の多くの人々が見に来てくれました。ここでの気づきとして

というキーワードで区切りました。
繰り返しますが、言語化するのは、トラブル自体を解消する「ノウハウ」ではありません。個別エピソードのノウハウは再現性はほぼないですよね。それより、個別エピソードから得られた、学生みんなが、明日から使える、自分に当てはめられる「普遍の気づき」を言語化することが大切だと思います。

前述した、フリーペーパー「BOND」の編集長時代、表紙に「坂本龍一」さんや「所ジョージ」さんなど錚々たる方々が、福岡のBONDのためだけに登場していただき、僕は全部自らインタビューしました。

「BOND」の実際の表紙

これらの武勇伝を語りまくりたいですが、ぐっと我慢してここでも苦悩の話です。私が、さらなるメディアの変革を悩んでいた時に、一人のデザイナーの大胆な提案が景色を変えてくれたことがありました。デザインをそぎ落とし、ターゲットを狭めるほど、反響もビジネスも上手く進んでいったのでした。その時のエピソードから導いた気づきの言語化は、

としました。

さらに、2014年のトム・クルーズさんを福岡に招聘するプロジェクトの責任者として招聘イベントを大成功させた時は、トムさんと写真撮ったり威張りたいことは山ほどあるのですが(笑)、

トム・クルーズさん来福を報じた新聞記事(西日本新聞:抜粋)

まずここでは、失敗や苦難のお話しです。招聘当日までの2ヶ月間、その準備と厳しい要請に文字通り「病むほど」様々な問題を体験したことがメインのお話になります。この時の正直な心境として「もう来るのは、トム・クルーズさんのそっくりさんでもいいよ😭!」くらい、追い込まれてたのですが(笑)、当日、やはり本物の圧倒的な凄さを思い知りました。その時のエピソードから気づいた言葉を、

として、企業も人も圧倒的なブランドは「替えが効かない」と表現しました。
僕は、こういう「ピンチなエピソード → 気づきのキーワード」という流れを全部で「6つ」準備しました。このピンチや失敗のエピソードから導き出した「気づき」のキーワードは、学生たちの感想文の中に「印象に残った言葉」として頻出していました。

そうです。自分ごとにできて、聞いた直後から使える言葉にすることが大切だと思うのです。

そして最終メッセージへ

こうして「失敗や苦悩が9割」のエピソードから、学生の人生に汎用性が高い視点での気づきを「言語化」してあげるというパートを積み上げていきました。
で、先に書いた結論はなんでしたっけ?^^

伝えたいメッセージを
自らの"失敗と苦悩が9割"の具体的な体験談を通じて、
キャッチーな表現で「言語化」する。

ですね。ここでいう「伝えたいメッセージ」とは、前述した個別の失敗談からの「気づき」の言語化ではなく、それらエピソードの積み上げを総括した、この講義のクライマックスに当たるものです。今回、私が90分で伝えたかった内容を「ありてい」に羅列すると、

(1) 想いは言葉にしましょう。
(2)目の前のことを一生懸命やりましょう。
(3)多くのことを体験しましょう

つまんねぇ!
確かにこう書くと何も面白くないし、何が刺さるねん!ですね。では、それをどうお話ししたか?の最終メッセージについて書いて行きましょう。

前述した、超具体的でリアルな”先輩の失敗と苦悩”から導かれた「6つのメッセージ」をたっぷりお話しして、持ち時間はあと10分程度となっています。その10分で、一番伝えたいことを納得感のある流れで学生たちを、最後まで引っ張れるようなクライマックスを作らねばなりません。

メッセージ(1) 想いは言葉にしましょう。の言い換え。

という形で「言語化」しました。
フリーペーパー「BOND」を自分たちで創刊しなおすときも「編集長になる」と僕はノートに書いていました。トム・クルーズ招聘の時も、当時の部下:土田竜也くんが「小柳さん。トム・クルーズを、なんとしても博多に呼びましょう!」とはっきりと言葉にしたのが最初で、僕は自分のノートに「福岡に初めてトム・クルーズを呼んだ人になる!」と書き殴ってました(😂)。
なにより、自分でもヤバいと思ったのは、2010年の手帳に自分の未来についての「予言」を書いていたことを、3年前に気づいたことでした。
それもスライドにして披露しました。

字、汚なっ!読めねぇ!

これは、嘘偽りのない「2011年5月」に自分の手帳に書いていたメモです。多分、何かの会議中に妄想していたことを書いていたのでしょう(笑)。”今泉の渋かっこいいoffice”会社の名前は”CROMAGNON JAPAN”と書いています。

はい。これを書いたことなど、全く記憶にありません!

さらには、オフィスの状況も細かく描写していました。

この2011年5月の2つのメモによると次のようになります。

・名前は「CROMAGNON JAPAN」
・福岡市今泉の渋くてかっこいいOFFICEをつくる。
・デカい窓やテラスがある。
・デカい打ち合わせ机があり、それは「木製」である。
・デカいモニター、カラオケ、DJシステムがある。
これらを「絶対実現す」と書き殴ってます。

私が「クロマニヨン」を起業したのは、このメモからちょうど9年後となる、2020年5月14 日
会社の名称は「CROMAGNON&Co.」。そして会社は今泉から20メートルの「薬院」と言う場所に、渋いレンガ作りのかっこいいビルの一室で、内部の様子はこれです。

デカい窓がある。大きな木製のテーブルがある。もっと実現させるために、DJコントローラーも昨日注文しました(笑)。メモに書き殴っていたことすら忘れていたことが、9年後に8割方くらいだけど実現している。しかも、この場所もテーブルも、ここにいた伊藤総研さんがここをシェアしてもいいよ!って言ってくれなかったら出会ってないし、第一そんな余裕も時間もなかった・・・・っていう偶然でしかないという流れ。こんな少しスピってるエピソードも含めて「言語化しないと、実現しない」という、キャッチーな表現にしました。

メッセージ(2)目の前のことを一生懸命やろう。の言い換え。

これは「タイパ」「コスパ」を優先してしまう、SNS世代の学生たちに一番伝えたいことでした。もちろん、そのまま伝えても「そうだね」で終わってしまうメッセージです。
私は、前述した「遊園地勤務時代」の話をしました。同志社大学経済学部を、バブル崩壊直前の浮かれた世の中で卒業し、同級生はみんな「トランスコンチネンツ」とかのダブルのスーツを着て、商社や証券会社で華々しく活躍してい(るように見えて)ました。そんな中、遊園地の派手でダサい(失礼)ユニフォームを着て「ドラえもんのバルーンを縫う」とか、仮面ライダーステージのペンキを塗り直す、とか一般の客にボコられて捕まった「スリ」の身柄を見張ったりとか、とにかく「大学まででたのに・・」と、クソみたいな不貞腐れで苦悩していたのです。

しかし、その後広告会社に入社した後お知り合いになった小説家の「小森陽一」先生に、会食の席で遊園地時代の苦労話を、面白おかしく話していたら「それを小説にしたい」と言葉にされて、2015年に「オズの世界(小森陽一著 集英社刊)」という作品が完成したのです。主人公は「小柳」ならぬ「小塚」。架空の遊園地が舞台とは言え、エピソードや登場人物も、まさに実話ベースで非常に感激しました。さらには、その3年後「小塚役」を、あの西島秀俊さんが演じて2018年に「オズランド」として映画化されました。

左)小説「オズの世界」 右)映画「オズランド」

信じられませんでした。つまり私を含めて、あの頃働いていた仲間たちや、今頑張ってらっしゃる皆さんの思いが詰まった物語が、小説や映画として再現されたのでした。
このエピソードを受けて言語化したのは、このスライドです。

遊園地入社したての頃、かなり腐って仕事していた時期もありましたし、その後も自然相手、お客様相手で大変なこともありました。けど、目の前のことから逃げずに頑張った自負がある。それが20数年を経て「映画化」されるなどまさに「人生でこんなことが起こるのか!?」という「報酬が払い出された」気がしました。実際、役得で2度お会いした西島秀俊さんは、どちゃくそかっこよくて、しかもいい匂いがしました(笑)。

実は、今回の学生たちの感想で「一番、心に残った言葉」としてあげられてたのがこれでした。コスパ、タイパを重視していつつも、結果はそう簡単に出ないと言うこともちゃんと理解している学生たちの背中を押せたと自負しています。

そして最後です。6000文字を超えてきていますが、まだ読まれてますか?笑

メッセージ(3)多くのことを体験しましょう。。の言い換え

2014年に発刊された水野学さんの著書「センスは知識からはじまる」ではないですが、私は結局「知ってるか?知らないか?」は非常に大きくて、しかもそれを体験したか?していないか?は雲泥の差があると思うのです。結局、経験ある人の話の方が、絶対面白いし、重たい。
なので、最後のメッセージのスライドは、これです。

ほぼ言い換えてないですね😄。しかし、85分間私の苦悩と失敗談、それに付随する気づきを聞いてきた学生にとって、最後にこれを伝えることで全部が貫かれると思うのです。そして、このスライドを間髪入れずに写します。

この日は、大量のスライドを90分でこれでもか!と見せました。
「今日の187枚のスライドでお見せした、様々な出来事や体験は、私が”思い切ってやってみた”から出会えたことです。」
フリーペーパーを出さなくても、トムクルーズの企画をたてなくても、多分「食える」。けど、仕事の幅を広げて「余計なことを・・」と陰口言われるようなことをやったことだけが、こうして話しネタになる。

終了後、たくさんの拍手と「出待ちで、質問」する学生さんが並んでくれました。学生たちは、ある意味忖度なしに「面白い/面白く無い」を決めてかかる!というイメージがあると思いますが、彼らの面白いは「わかりやすい」のことだと思います。難しい内容でも「いかに、わかりやすく」言語化して話すかなのでしょう。

伝えたいメッセージを
自らの"失敗と苦悩が9割"の具体的な体験談を通じて、
キャッチーな表現で「言語化」する。

学生さんや後輩へのお話をする機会があったら、ぜひやってみてください。
いや・・・どんな登壇でも、使える気がしてきました(笑)。

長文でしたね(笑)。
おつかれさまでした。ありがとうございました!

おしまい。


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