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[3] Web漫画の3つの潮流


Web漫画年表



Web漫画の3つの潮流


コーヒー業界の歴史は3つの潮流で語られることがある。

19世紀後半から1960年代までのコーヒーの一般的普及の流れがファーストウェーブ。インスタントコーヒーが一気にコーヒーを家庭にまで広げた立役者だった。

1960年代から2000年頃にかけて、スターバックスなどのシアトル系コーヒーの流行がセカンドウェーブ。

そして2000年年代からコーヒーの高級・嗜好化が興るサードウェーブの時代に突入している。ブルーボトルコーヒーがその代表だ。

Web漫画の歴史を俯瞰した場合も3つの潮流を観察することができると私は考えているので、コーヒー業界になぞらえて見てみよう。


ファーストウェーブ


2000年代初頭から後期頃までの個人サイト全盛期だ。
この頃は前述した通り、作家が各々にHTML言語で記述したWebページを制作して漫画を発信していた。

当然ながらUIのデザインもバラバラで、個人サイトは一軒家のように点在し、そこに案内する役目をサーチエンジンが担っていた。
ランキング型サーチエンジンの上位ランカーたちがプロデビューすることもあった。


セカンドウェーブ


2000年代後期から2010年代中期の漫画投稿サイトの全盛期がそれにあたる。

個人サイト時代からWeb漫画は人気が高く、アクセスの獲得を望めたので広告収入型のモデルビジネスとして漫画投稿サイトが多数興隆した。

2000年代後期までは漫画が無料で読めるというのは新鮮な喜びだったのだ。今ではその感覚が薄れてしまっているが、この頃まで漫画はお金を出さねば読めない娯楽だった。
そんな中で無料で読めるアマチュアの漫画は人気を獲得できていたのだ。

投稿サイトのアクセス獲得の資源となる漫画はアマチュアの自主制作の作品なので企業側にとってはコンテンツ制作にコストはかからない。
そしてアマチュア作家側は美しく整えられたUIで自分の漫画を展示することができ、煩雑なWebの知識がなくても簡単に作品を公開できるとあってwin-winの状況でサービスは加速化していった。
各社投稿サイトで人気の作品は書籍化もされ、作家とファンが一緒になって大いに盛り上がった。

漫画投稿サイトの運営元は中小の出版社、あるいはIT系ベンチャーが主だったが、2018年からは集英社のジャンプルーキー!、講談社のDAYS NEOもスタートする。
三大出版社が漫画投稿サイトの運営に参入した背景には才能の新規獲得の意思があったためと思われる。
紙に書いた原稿を出版社に持ち込むという伝統的な手段よりも、漫画投稿サイトやSNSのほうが才能を発掘しやすい時代になっていたのだろう。

2010年代中期には大手出版社も商業作品のWeb配信も十分に浸透していった。
2014年に少年ジャンプのWeb専門版『少年ジャンプ+』がローンチし、以降続々と大手出版社もそれに倣う。

商業作品のWeb配信に大手出版社が重い腰を上げたのは、2011年の東日本大震災がきっかけだったと考えられる。
流通が滞って配本ができなくなったとき、出版社側もWeb配信の重要性を痛感したようだった。
2010年頃までは確かに大手出版社ほどWeb配信に保守的だった記憶がある。

商業作品のWeb配信も盛んに行われるようになって、「Web漫画=アマチュアのもの」、という従来の認識が変容してしまったように思われる。
今ではすっかりWeb漫画は「ネット上で配信されている漫画」を指す言葉になってしまった。
商業作品の人気に押し出されて、その言葉にアマチュアが含有されている割合は高くはなくなった。

セカンドウェーブ時代でもアマチュアが商業デビューする機会は多かった。作品がそのまま書籍化された例も多数あったし、作家が商業Web漫画の配信元にスカウトされてそのレーベルで新規連載するという例も増えたので、ファーストウェーブ時代よりも作家がプロに登用されるチャンスは格段に増えていた。

ただしこの頃でも作家がWeb漫画で収入を得るためには出版社やそれに該当する企業を仲介しなければならなかった。
第三者の仲介を必要としなくなったのは次の時代からだ。


サードウェーブ


2018年、Pixiv FANBOXがローンチした。
月額課金制でファンが作家を直接応援できる、いわゆる支援サイト(パトロンサイト)だ。
支援サイトの先駆けにEnty、Patreonなどが既にあったが、実績のあるPixivが支援サイト運営に乗り出したおかげでその形態のビジネスへの認知は一気に広まった。

Pixivは2013年に同人誌やグッズを販売できるプラットフォームBOOTHを開始している。
これはWeb漫画との直接の関係性は低いが、作家が自ら物品を販売する手間を簡便化して下支えしてくれている。

また2018年にはKindleインディーズも始まった。
EC最大手のAmazonが自社の電子書籍規格Kindleで作品を無料公開するアマチュアに対し、インディーズ基金から報酬を按分する仕組みだ。

Kindleに関しては無料のインディーズだけでなく、有料の電子書籍を作家自ら自費出版することも可能だ。
また有料書籍をKindle Unlimitedという読み放題プランに参画させることで、KDPセレクト グローバル基金から報酬を按分する仕組みもある。
これらはまた後ほど詳しく述べたい。

それぞれ収入を得る仕組みは異なるが、構造は近似している。
Web漫画作家が出版社を通じた商業出版という旧来のビジネス形態から外れたところで収入を得る道が開けた点だ。

2010年代後期頃から、作家個人がマネタイズできる仕組みが各方面から興隆して現在に至る。
Web漫画はクリエイターエコノミー時代に突入しているのだ。これをサードウェーブと呼びたい。


クリエイターエコノミーとは


クリエイターエコノミーはWeb漫画だけに該当するものではない。
文芸、音楽、動画などあらゆるジャンルも含めて個人のクリエイターが直接的に収入を得ることにより形成された経済圏を指す言葉だ。

収入を得る仕組みは複数平行している。
広告収入は古典的な手段だが、ECサイトでの物品やデジタルデータの販売、支援サイトやクラウドファインディングで支援を得ることも可能になった。YouTubeのスーパーチャットなどの投げ銭はクリエイターエコノミー用語でギフティングと呼ばれる。ココナラやSkebなどのスキルマーケットもクリエイターエコノミーの範疇に入る。

私が過去20年間のWeb漫画の歴史を振り返ったとき、最も大きな変化だと感じたのがこのクリエイターエコノミーの概念の誕生だった

かつてのWeb漫画黎明期では収入を得るなど夢にも考えなかったことだ。ただ漫画を発信できるだけで嬉しかった。
特に私のような、ノートに鉛筆で漫画を描いていた世代にとって、自分の作品を人に見てもらうだけで一大事だ。
その昔はイラストを人に見てもらいたければ、雑誌の投稿欄に送って採用を祈るしかない。
出版社を介さず自分の漫画を読んでもらうためには、同人誌しか方法がない。
頒布できる数は限られるし、恐らく多くは大赤字だっただろう。

インターネットが普及して多くの読者を得ることは可能になったが、それでも長らく作家は出版社に拾ってもらうしか収入を得る方法がなかった。

インターネットの技術体系全体の進歩のおかげで、より高度なWebページを記述できるようになり、高速大容量通信が可能になり、個人情報保護のセキュリティレベルが上がって決済手段も拡充した。

これらの総合的な技術革新のおかげでクリエイターエコノミーが興り、作家はその恩恵を受けられるようになったのだ。


アマチュアが趣味で描いた漫画でお金をいただくなんて、そんなことがあり得るのかと、有料サーバーを契約してまで自分の漫画を発信する土台作りをしていた当時の私だったらさぞかし驚いたことだろう。

出版社などの第三者を仲介せずに作家個人が収入を得られるということは、自分の取り分が増えるということだ。
印税10パーセントというのは伝統的な出版業界の慣例だが、ECサイトで自主販売した場合、取り分は50パーセント~90パーセントにまで跳ね上がる。
出版社から声がかからなくなった作家が電子書籍の自主販売で助けられたという例を多く聞くようになった。

プロとアマチュアの境界が曖昧になる時代になったが、アマチュアがアマチュアのまま収入を得る手段が確立されたということは、アマチュアの中でも稼げる人とそうでない人の格差を嫌でも視認する時代になってしまったということでもある。

かつてプロとアマの線引きが明確だった時代は、アマチュアという自己認識が自分を守ってくれる壁でもあった。
稼げない創作をしていても、自分は所詮アマチュアだからそれでいいのだ、と。

しかし同じアマチュアとして創作していても、稼げる人とそうでない人との差が歴然と見えるようになってしまった。
活動場所のそれぞれで、格差が数字として見えてしまう。
自分がどんなスタンスで創作を続けるべきか、意識が揺らぎやすく、悩みの多い局面になっていると思う。

次の章から更に突っ込んでクリエイターエコノミーについて考えてみよう。


(つづき)


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