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消防士までの軌跡 Vol.1【人生のターニングポイント】

私は大学を卒業し、民間企業で働いていた。

当時は就職氷河期で、なかなか就職先も決まらないような時代ではあったが、消防士というなりたいという考えはなかった。

肉体労働で3K(きつい・きたない・きけん)のイメージがある仕事は、就職先としては考えられなかったのだ。※体を動かすこと自体は嫌いではない。

なぜなら、大学を卒業したら『スーツを着てネクタイを締め、営業マンとしてカッコよく働くんだ』と勝手に理想を描いていたからである。

そのような中でご縁があったのは、大阪の中心地に自社ビルを構える歴史のある商社だった。

念願のスーツにネクタイのビジネスマンの世界に飛び込んだのだ。

しかし、営業マンというのは理想の世界であって、現実はデスクワーク9割の仕事であった。

朝から晩までデスクに向かい、大量の書類作成や電話の応対。ストレスが蓄積していくのも無理がない。

しかも、毎日残業でアフター5を楽しむ時間なんて全くありゃしない…

家には寝るためだけに帰っているような日々が当たり前になっていた。

そんな中、同期入社の久保(仮名)が「この仕事やめるわ。〇〇市の消防に合格したからそっちに転職することにした」と驚きの発言。

入社後、わずか4ヶ月ほどのことであった。

話を聞くと、学生時代の就職活動時から警察官か消防士になりたくて頑張っていたというのだ。

しかし、どちらにも採用されることなく、たまたま内定をもらえたこの会社に就職することに決めたそうだ。

それでもあきらめることなく、この会社で働きながら、可能性がある限り採用試験を受け続けた結果、来年度の消防士の採用試験に合格したというのである。

それからは、久保が消防のことを自慢げに語るのだ。

「消防はええで~。警察は逆恨みされたりすることもあるけど、消防はそんなことまずないやん。感謝されることばっかりやもんな。休みも多いし、給料もそこそこあるみたいやし。公務員やから一生安泰や~」

そして、「お前もこの会社に不満があるんやったら、はよ辞めて他を探した方がええで」と完全に上から目線だった。

私はこの話を聞いて消防に魅力を感じた訳ではないが、同期の久保の表情が生き生きとし、嬉しそうに話していたことが忘れられなかった。

同期入社でこれから共に頑張っていくんものだと思っていた私は、残念な気持ちと少し置いて行かれたような気分にもなった。

そんなこんなで一年が過ぎた頃、相変わらずの仕事に私も転職を考えるようになっていた。

とは言っても、具体的な転職先も考えられず、日々の仕事の忙しさにもがいている自分がいた。

そんなある日、実家の両親と連絡を取る機会があった。

「今の会社、辞めたいねん。一生この会社で働いていくのは考えられへんし、会社自体も景気が悪くてどうなるか分からへん。どこか、転職したいんやけどなあ…」と悩みを打ち明けていた。

すると数日後、母から電話がかかってきた。

母:「消防はどうよ?消防を受けてみたらどう?」

私:「えっ、なんで消防なん?」

母:「知り合いから聞いたんやけど、今年は採用人数が多いらしいで」

私:「いやいや、採用人数が多いから消防を受けるって、別にそんな理由で消防に入りたいとは思わへんし。消防はええわぁ…」

母:「あんたが、今の会社辞めたいって言うから、知り合いに相談したら消防をすすめられたから言うてあげてるのに…」と不満そうな声だった。

私の消防のイメージは、冒頭で述べたように3Kの仕事であるというイメージのままであった。しかも、消防って同期の久保と一緒のパターンやん…

そんなある日、会社の部長から呼び出された。

『もしかしたら、会社を辞めたがっていることがバレたのかも…』と内心ドキドキしていた。

そして部長から「君は若くて元気がいいから、東京支店に転勤して頑張ってみる気はないか?」

えっ、確かに若くて元気がいいことは否定しない。でも東京に転勤してしまったら、会社辞めれなくなってしまうやん。

東京へ行ってすぐに「会社辞めます」とか「転職します」なんて絶対に反感を勝ってしまう。恐ろしくて、とてもじゃないけど言えない。

もし、本気で辞める気ならば、東京へ転勤の辞令が出る前に辞めなければ…

そう思いながら、返事には少し時間をください(考えさせてください)ということで即答を避けたのだ。

東京支店への転勤を選ぶか、会社を辞めるのかの選択を迫られることになった。

答えを出すのに時間は掛けられない。部長に返事を待ってもらっているのだ。

その日の夜、一人暮らしのマンションに戻ると郵便物が届いていた。

実家からだった。

中身は『◎◎市消防職員募集』と書かれたパンフレットだった。※◎◎市は私の故郷である。

先日、電話で消防を受けてみることを勧めていた親が、ついに採用試験案内のパンフレットを一方的に送りつけてきたのだ。

なんといったタイミングなのか。

そもそも、東京支店への転勤の話はこの日に初めていただいたことであり、親どころかまだ誰にも話していない。

それなのに、このタイミングで消防職員募集のパンフレットが届いたということは、

『もう東京など行かず、会社を辞めて地元の消防へ転職しなさい』と神から告げられているのかもしれない。と運命を感じるほどであった。

この時点で、消防への気持ちが大きく揺れ始めた。

ただ、採用試験を受けても合格するとは限らない。

もし不合格になれば、会社を辞めなければよかったと後悔するかもしれない。

だからといって、東京へ転勤した状態で消防の採用試験を受けることは社内規則に反することになる。

もし消防の採用試験を受けるのであれば、きっぱりと会社を辞めた状態で試験を受けることが筋が通っているだろう。

よくよく考えれば、同期だった久保は、会社に在籍しながら消防の採用試験を受けていた。

これって、会社のルール違反じゃなかったのかなと考えたりもした。おそらく、会社側と揉めたんだろうなあ…

ともかく、今の会社で働き続けるのであれば、
①東京支店へ転勤する。

もし、本気で転職するつもりであれば、
②会社を辞め、消防の採用試験の合格を目指す。

この二者択一の形ができ上がってしまった。

これはまさしく『人生のターニングポイント』だった。

会社の現状に不満があっても、東京支店への転勤を選択すれば、人生が変わるかもしれない。

決して左遷ではない。東京という大舞台で仕事ができるのだ。

これは、現状を打破するには絶好の機会かもしれない。

ただ、不安もある。

東京に行けば、念願だった営業の仕事をさせてもらえたとしても、会社自体は同じであるため、将来への不安についてはぬぐい切れない。

そんな重大な決断を自分一人でする勇気もなかった。

当時は、相談できるような彼女もいなかった。

もちろん、同期や同僚などにも相談できずにいた。

もし同期の久保みたいに、就職活動時から消防を目指していたとか、憧れていたということであれば、間違いなく東京転勤を断り、退職願を提出していたであろう。

しかし、私には消防に対しての憧れなど全くなかった。

もちろん、公務員という肩書にさえも興味がなかった。

そのうえ、消防の仕事の内容について、ほとんど知識もなかった。

当時は、消防車で火を消すことくらいしか思いつかなかった。そのレベルだった。

こんな知識で消防へ転職したいという気持ちになるはずがない。

『今の会社を辞めたいから消防を受ける』という理由であれば、会社を辞めずに東京へ転勤する方がベターだと考える方が普通だ。

消防を受けるためには、それなりに消防の仕事内容を知らないと情熱も湧いてこないし、消防に対しても失礼だ。

それこそ、合格なんてできないだろう。

仮に合格できたとしても、入ってから想い描いていた消防と違うということになりかねない。

これでは、今の会社の二の舞になってしまう。それだけは避けたい。

そのためにも、消防の仕事を詳しく知らなければならない。

知ったうえで、消防の採用試験を受けるのか受けないのかを決める。そう判断した。

私が消防士になった理由 Vol.2【決断】へと続く…


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