楳図かずお追悼
楳図かずおさんが亡くなりました。享年88歳。
だいぶ前のことですが、楳図さんにじっと顔を見つめられたことがありました。ウソみたいに誰も乗ってない井の頭線の車内で、ただ一人、目の前に座った赤白ボーダーシャツの楳図さんは、眼をそらさずにじっと私のことを見ていたんです。ホラー的とも言うべき瞬間。でも、なぜこの漫画家はこれほどまでに私を見つめているのか?
その時に思い出したのが、以前見に行った楳図かずお原画展でした。楳図さんは出版社から戻った校正原稿にさらに切り貼りして、ほんの微かに異なった角度の線を重ねていました。もとの原稿との違いを感じられる人が、果たしてどれだけいるのか。そんなことを、恐らくこの漫画家は考えもしていません。自身の脳内にある絵だけを、彼はひたすら見つめている。そんな人だけが、こういう絵を描けるんだ、とそのときは感じました。
おそらく、電車の中の何の変哲もないオヤジを、彼は見つめていたわけじゃないんですね。彼の固まった視線はもう目の前の光景にフォーカスされてはいない。漫画家の心の中で何かのイメージが生起している、その時間をいまは共有しているのだ、と考えました。少なくともその日の晩御飯に何を食べるかを考えている人の顔には、とても思えませんでした。
ホラー漫画というジャンルからマンガを描き始めて、楳図さんがどこまで歩いたか?それを伝える彼の二つの代表作をご紹介します。
サイバーパンクをある種の詩的なジャンルに塗り替えた、と言える『わたしは真悟』(1982-86)。
そして、映画的とも言える手法を駆使したホラー漫画の極北とも言うべき『神の左手悪魔の右手』(1986-89)。
蛇足ですが、『わたしは真悟』がミュージカルになった舞台について書いたものも、ご紹介しておきます。
https://note.com/creole/n/n7e1de0ddba60