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『ベートーヴェンの交響曲』 金聖響+玉木正之著

サカナクションやビリー・アイリッシュの音楽には惹きつけられるし、彼らの音楽とともにこの世界に生きているのは、とても幸福なことに思えます。そんな私の思いに共感してくれる人はたくさんいるでしょうが、ベートーヴェンの音楽にもそれと同じ気持ちを持つ人はどれだけいるでしょうか。ベートーヴェンについて語る人が周囲にいないことを残念なことだと思って生きてきました。

が、この本を読んで、これはベートーヴェンの交響曲という驚くべき世界への入り口として、またその道案内として素晴らしいものだ、と思いました。これを読んでベートーヴェン好きになる人が増えるといいな、と思いました。いくつかの前提や仮説をすっ飛ばして言うならば、世の中にベートーヴェン好きがもっと増えれば、この世界はもう少し穏やかで住みやすいものになると、私は思っています。

評論家の玉木正之を聞き役として、指揮者の金聖響がベートーヴェンの9つの交響曲を一つずつ解説していく構成です。まず、その語り口に、引き込まれます。クラシック音楽に知識のない読者も、この作曲家の音楽を聞いてみたいと思わせてしまう。金が大阪出身なのに由来しているのでしょうか、言葉が軽くて自由で生き生きとしている。音楽の成り立ちや組み立て、演奏の仕方などの解説の様々なレベルでそれを感じることが出来るのです。オノマトペの目の覚めるような使い方、ダンスやスポーツから言葉を引き出してくる視点など、とにかく、音楽を表現する言葉をたくさん持っている。交響曲第一番の章では「純粋音楽」という言葉が使われていて、私など目からウロコが落ちて、ベートーヴェンの音楽がいきなり鮮明な像で見えて来ました。

加えて音楽へのアプローチも広くて多面的です。音楽史、演奏史の中でのベートーヴェンの交響曲の位置、演奏家の立場からのベートーヴェン像など、とにかく、話題の引き出しが多い。作曲家が第九交響曲を作っていたバーデンの仕事場を訪ねた際に見たものも語られていて、そこから第九という作品の本質が現れてくるのも、スリリングな読書体験です。

この本の一章一章を読み、ベートーヴェンのシンフォニーを一曲一曲聞いていく。そこにはなんと贅沢な心の歓びが存在するのか、と思います。


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