『ラ・カモーラⅢ』|アストル・ピアソラの楽曲を演奏するにあたって その③
ピアソラを聴くなら『クレモナ』を聴いてみませんか、とおすすめするために演奏楽曲の紹介を始めることにしました。今日で『ラ・カモーラ』はおしまい。3月17日の演奏会までにあとの8曲が間に合う気がしませんが、出来る限り書いていきたいと思います。
『Ⅲ』こそが未来のタンゴです。
『ラ・カモーラⅠ』そして『ラ・カモーラⅡ』と説明を進めてきました。
本日お伝えする『ラ・カモーラⅢ』は、ピアソラが未来を見据えて作曲したように思えるのです。
『Ⅲ』はサブスクリプション的な気がして
『Ⅰ』はピアソラの全ての要素を内包した作品であり、『Ⅱ』は「タンゴである」。そして、『Ⅲ』はサブスクリプションを予期したような楽曲になっています。
たとえば、
この3アーティストに共通して言えるのは、
①ライブよりも配信(サブスクリプション配信)を意識→一曲の間に新しい要素がたくさん出てくる
②印象的なリズム・メロディ・言葉を繰り返す
③ライブでも演奏可能→しかし音楽の切り替え等で技術が必要なためカバーが困難
というところで、例えばジャスティン・ビーバーやアリアナ・グランデなどの海外アーティストもそういった音楽づくりをしており、(特にコロナ禍で急速に)音楽の作り方が変化していると言えます。
・メロディーや歌詞を覚えやすい→誰もが口ずさめる
・構成や展開が難しくない→誰もがコピーできる
・ライブで簡単に演奏可能
これがコロナ以前の音楽づくりの主流だったと言えます。ライブありきの音楽産業だったからです。ライブがライブをつなぎ、誰かが歌った歌を誰かがつなぐというのが音楽の広まり方だったわけです。
しかしコロナはライブのように人のたくさん集まる場所はなるべく避けて、なるべく人同士会わないようにというのをスタンダードにしてしまいました。
わたしたちはスマホやデスクトップから流れる音楽を消費するようになっています。SNSのタイムラインのように、音楽が次から次へと流れては、もう見つからなくなります。そんな中で、楽曲を印象付けよう、長く聞いてもらおう、もう一度聞いてもらおう、と思うと、前にあげた3アーティストのような楽曲(映像も含む)づくりをした方が、よりたくさん人に聴いてもらえる可能性が増える、ということです。
『ラ・カモーラ』という作品群がもし「現在・過去・未来」を表現していたとすれば
この『Ⅲ』は未来を表現していると言えます。誰もが音楽をライブではなく、端末で聴く時代。「え?今のなに?」という瞬間の仕掛けをあらゆるところに散りばめ、「飽きさせない」「また聴きたい」が、「一曲に集約されている」『作品』づくりをピアソラは晩年に取り組んだのではないでしょうか。もはやライブでは演奏不可能だったとしても、CD、データ音源、サブスクリプションで人々が何回も何回も聴くような曲。それでいて、誰もカバーが出来ない唯一無二の曲。
ピアソラの、先見の明がここにあるような気がしてなりません。
3月17日に、クレモナの『ラ・カモーラⅢ』を初演します。
この演奏会では、この『ラ・カモーラ』を全曲演奏します。世界中どこ見ても、これを全曲聴けるのはかなりレアなことではないでしょうか。日本においてはほぼないと言えるような気がします。あまりにもスコアが横綱相撲すぎて、演奏者はクリアできたとしても、寄せ集めのアンサンブルでは太刀打ちできないからです。
演奏会まであとわずか、席数も8割を超えました。最後まで、やり抜きたいと思います。