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『ラ・カモーラⅡ』|アストル・ピアソラの楽曲を演奏するにあたって その②

ピアソラを専門とする木管四重奏団、『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリバンドマスターのぴかりんです。
今年はピアソラ生誕100周年ということで、多くの音楽家がピアソラを演奏するでしょうし、多くの人々がピアソラの音楽に触れることになると思います。
そんな中で、わたしたち『クレモナ』はどうあるべきか?と考えたときに、ピアソラの次の時代の音楽をクリエイションしていくことが、自分たちの100周年へのアプローチなのだと思っています。
3月17日に控えた演奏会のプログラムを言葉にして見つめ直して、来ていただけるお客さまもそうでない方にも、『クレモナ』がピアソラについてどう考えているのかを発信したい!と思っています。

『ラ・カモーラⅠ』につづく『Ⅱ』はタンゴに支配されています

『ラ・カモーラⅠ』がピアソラの音楽のエッセンスを全て内包したものだということを前回のnoteで書きました。

この続きにあたる『ラ・カモーラⅡ』は「タンゴ」という音楽に支配されているように感じます。

理由の一つめは、「リズム」です。

たーん(♩♪)、たーん(♩♪)、たん(♩)というタンゴのリズム(ミロンガのリズム)に最初から最後まで支配され続けています。わたしたち演奏者は、速いときもゆっくりなときも、ずっとこのリズムを感じ、共有し続けます。エイトビート(八分音符単位)で感じるのがアンサンブルのポイントなのだと思います。

普段ならわたし(ファゴット)は、シックスティーンビート(十六分音符単位)でどの楽曲にも取り組むのですが、この『Ⅱ』に関しては必ずエイトです。
なぜか?と言いますと、この十六分音符2個分のグルーヴを大切にしたいからです。

例えば、バスケットボールのドリブルをするときにボールを手で叩いて、地面に打ち付けられ、手に戻ってくるまでの時間は手の内にはなくても手で感じるものですよね?(わかりにくいですかね…)手に戻ってくる時間感覚があるからこそ次のドリブルにつながる。それと同じことがこの音楽にも言えると思うのです。

それでも必ず一拍目オモテ・二拍目ウラ・四拍目全体にアクセントが来る4拍子になります。そこは絶対にブレてはいけないんです。何があってもそのスクエア(型にはめ込んだ)リズムをキープし続けないといけない。

逆に、そのアクセント以外の部分、そうバスケットボールが手から離れている間は各奏者のセンスに任せられます。ピアソラはここでアドリブをふんだんに吹き込むし、例えばサックスのみーこだったらヴィブラートをセンス良く盛り込みます。こうして音楽をクリエイションしていくのです。

伝統的なタンゴとピアソラのタンゴのベクトルのこと

ピアソラの音楽は「聴くための」タンゴであって、踊るのは難解です。
その理由は、流しのIn tempo(一定のテンポ)での四拍子(もしくは三拍子)ではないからです。速さがどんどん変化し、変拍子も盛り込まれるし、最後は右足か左足かわからなくなる。決めポーズを取りたいのに、決められない。曲を完璧に覚えない限り踊りこなせない。というのが理由になるのだと思います。みんな男女で踊ることそのものが楽しみなのであって、そこに小難しさや記憶力は必要ないんです。
ピアソラのタンゴが、伝統的なタンゴの踊り手や音楽家に「革命児」だとか「異端児」だと言われた理由がここにあります。
新しい土地に移動してきた人々が、貧しさや世知辛さを忘れたい、憂さ晴らしをしたい。そんなために踊るタンゴと、頭を使わないといけない、考えないといけない。あくまでもクラシック形式で芸術音楽になったピアソラのタンゴは、正反対のベクトルを向いていると思うのです。

ここで、音楽に対する造詣の深くない人でどちらが良いとか悪いとかの話になる場合があるのですが、そもそも用途が違うものを比べるのは、コーヒーカップとティーカップの形状について比べるのと同じくらい些細で、意味のないことだと思ってしまいます。こういう意見がどんどんとピアソラとタンゴを分断していってしまったのだと思うし、ばかげた意見を増やす要因になっているように感じます。そう、そもそも目的が違うものなのです。

『Ⅱ』はタンゴへの回帰を彷彿させます。

それでもこの『Ⅱ』がタンゴに支配されている、という理由の二つ目は『テンポ』と『拍子』にあります。

この『Ⅱ』の形式は典型的なA→B→A形式で、急→緩→急が明確に分かれていますし、拍子はずっと四拍子、そして各パート(ABA)のテンポはほぼ一定です。

つまり、踊れるんですよね。この『Ⅱ』っていうのは!

ピアソラのエッセンスをふんだんに取り入れた『Ⅰ』で踊るのはほぼ不可能だと思います。モダン・バレエと同じように、モダン・タンゴとなってしまいます。しかし、この『Ⅱ』に関しては流れに身を任せて踊れます。

だからこそグルーヴを重視しています。

そうなってくると、先ほど述べた「リズム」、特にアクセントの位置を的確に演奏することで音楽の回転(グルーヴ)が得られます。

一度ミロンガで演奏をしたことがありますが、いくつかのペアがミロンガ(ダンスホール)で一つの流れをもって、大きく回転するんです。まるで、流れるプールみたいに!もともとヨーロッパで生まれたワルツの名残がここにあります。

この踊り手たちをぐるぐると流し続けるのが音楽のグルーヴになります。わたしたち『クレモナ』は『Ⅱ』を演奏するときにもちろんいつも通りクラシック奏者として、また、タンゴ奏者として、演奏をするのです。

これが『Ⅰ』と『Ⅲ』の間をつなぐ『Ⅱ』の役割になります。クラシック音楽の『Ⅱ』楽章はロンド(輪舞曲)となる場合が多いです。そう考えると、ピアソラはやはりクラシック音楽もベースに作曲構成している、と言ってもいいのではないでしょうか。

『Ⅱ』では、『Ⅰ』にはないグルーヴが、皆さんの体の中のリズムを動かすことになると思います!ぜひご体感ください。

このグルーヴを感じられる生の演奏の機会が、この3月17日の演奏会です。

一階席が無事満席になり、次は二階席の満席を目指しています。フェニックスホールは素晴らしいホールなので、このグルーヴ感が二階席で失われることは決してありません。

ぜひお越しください。


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