本物の芸 2019/11/27
能楽鑑賞をした。
実は、演目をちゃんとみるのは初めての勢い。
1回目は大昔。薪能がはやったころで、ブームにのってイベント的にみた。ひたすらゆっくりする進行にコクリコクリとした記憶しかない。
2回目は、6年前くらいかな。お仕事で能楽師の方とかかわるチャンスが増え、ご招待いただいた時に鑑賞したけど、企画ものだった気がする。
3回目は、もう能楽についての知識もあり、能楽囃子方のかたとがっぷりお仕事していたから、耳もそだっていたので、面白く鑑賞。それも企画もので、通し演目ではなく、仕舞だったり、一調一管(笛と打楽器のみ)だったりの変性パターンだったけど楽しかった。
そして今回、人気演目の「橋弁慶」
衣装付で、前シテ~後シテまで
能舞台独特の脇正面という、張り出し舞台の下手側から舞台を鑑賞するお席。ここは、下手にかかる橋掛かりもばっちりみえるし、囃子方、地謡もよくみえて、本当に面白い。
これが「面白い」といえるまでが、自分の中の道のりのように思える。
始めてみる人には、正面席で全体をみることをお勧めするけれども、いろいろと触れていくと、自分がハっとなるつながるポイントがでてくる。
これは、数多くのさまざまな舞台をみてきたからこそ出来上がっている素地なんだけれども。
ストーリーなのか、演出なのか、役者なのか、音なのか、ライティングなのか、装置なのか・・・自分が一番興味をもつのは、どの部分なのか?がいろいろみてくるとパターンとしてもってくる。
だから、初めての世界も、それを中心に鑑賞してみると、自分なりに理解ができる。
私は昔っから、演出重視!役者そっちのけで、「すばらしい演出だった!これは誰?」(ちなみに、このときは、「オペラ座の怪人」などで有名なハロルド・プリンス氏演出)と興奮するきらいがある。よって、だいたいの舞台は演出目線でみていることが多い。
ただし、能にいたっては、演出はほぼ昔からかわっていないので・・・
音から入った。
幸運なことに、能楽囃子方の一流の方の音しかきいていなかったので、耳が育っていた。
横道にそれるが・・・・一流を一流と認識できるようになるには、違うジャンルの一流をすでにしっていること。そうすると、自分の中に、「一流」感覚ができあがっている。その感覚と、あらたに知る一流をリンクさせてシナプスをつなげていくことのように思っている。
大鼓ひとつとっても、打ち手が違えばまるで違う間と音色。
重なり合う音色とリズム・メロディ。能はこの音だけきていていても心地よい。と感じた。
視覚情報で、舞台はみるものだけれども、音情報だけで鑑賞するのもよいもの。音からだけでも、どのような感情がその場におきているか?が、わかるものだ。
これと同じパターンを以前経験したことがある。ドイツミュージカルにはまっていた頃。
ドイツ語はまったくわからないけれども、音楽だけで、その場でどんな感情がストーリーを運んでいるか?がわかった。
演劇は、役者が感情表現中心にすすめていくタイプのプレイもあるが、ミュージカルは、役者はどちらかというと「型」としてそこに存在していて、音楽(メロディー・編曲・歌詞)が感情を表現しているように思う。
この音情報重視なのは、とくに私の場合だけなのか?は、わからないけれども・・・
とりあえず、能楽ことはじめには、音から入るのもアリ!だと思う。
・・・と、能囃子のすばらしさに酔いしれた夜。翌日もじんわりと体にしみいる音色。
この日は、能管、小鼓、大鼓。熟練の芸が織り成す音がバランスよく・・・(なかなかバランスがとれる回ってないと思う)音源のこしてほしいぃ