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新宿駅で一番アナーキーなお店「ベルク」について

きっかけは妻の「行ってみたいお店があるんだけど、ちょっと一人では入りにくくて・・。一緒に行かない?」という言葉だった。

そしてある朝、二人で出向いた「ベルク」というそのお店は、JR新宿駅東口改札から歩いて1分弱の、気づかないと通り過ぎてしまうような路地裏的な場所にあった。外から見れば、確かに女性一人で入るには躊躇しそうだ。

中に入ると、小さなテーブル席と立食用の壁面カウンター席で構成されているL字型の15坪程度の狭いスペースに、客がひしめいている。。私たちは、入り口そばのレジカウンターでモーニングのセットメニューを注文し、ようやくテーブル席を確保した。プレートに乗っているのは、コーヒーと焼き立てのトーストそしてポテトサラダ、ベーコンハムにコーン。よくあるモーニングの品揃えだが、トーストにサラダ・ハム・コーンを乗せサンドイッチにして食べると、とろけるような味が口に広がった。コーヒーは少量だが、深煎り。一口飲むと「うまい」という言葉が自然に出た。

ふと店内を見回すと「ただモノではない」雰囲気に満ちている。壁に張られている定期刊行されているとおぼしき手作りの新聞。壁面には、クオリティの高い写真が飾られている。頭上のテレビの小さな画面には、映画好きの私が思わず微笑んでしまうような、かなりマニアックな作品が流されている。だが、何よりも「ただモノではない」のは、そこにいるお客さんたちだ。黙々と食べてはいるが、何かそこが自分の居場所かのようなリラックスした雰囲気と、何と言うか・・・このお店の客であることを誇り、喜びとしているようなオーラを漂わせている。一人で食事をしている(おそらく常連と思われる)女性のお客さんが多いことも入ってみてわかった。互いに干渉しない心地よい雰囲気がある。お店とお客さんに共通するオーラに名前を付けるとすれば、それは「自主独立」と言えるものかもしれない。

壁に張られたベルク通信

その雰囲気に魅せられ、ほどなく夕食時に訪れた。ハムやソーセージをつまみに生ビール(美味い)を飲み、再び満足。お店の雰囲気も朝とは少し違っている。ゆったりとビールやワインを口に運び、楽し気に話し合うカップルのお客さんが目に付く。お店全体に「文化の香り」のようなものが漂っている。

壁面に木材の造形を貼り付けたアート作品

改めて、ベルクについて調べてみた。1970年に新宿ステーションビル内に純喫茶としてオープンした。1990年に、創業者の逝去に伴い息子である現在の店主・井野朋也さんが引き継ぎファストフード店に業態転換。現在、一日1500人が訪れる人気店となっているが、そこに至るまでにビルを所有するJR系のオーナーによる立ち退き要請を巡る壮絶なバトルがあったようだ。

更に興味をひかれ、店主の井野さんが書いた本(「新宿駅最後の小さなお店(ちくま文庫)」)を読んでみた。そこに書かれていたのは、正に「アナーキー」の一言(序文にもお客様の声として「新宿のエネルギッシュでアナーキーな雰囲気が漂っている」という言葉が誇らしげに紹介されている)。

父親から店を引き継ぎ、業態転換案をビルオーナー会社の営業部長に提出した時に言われた「すばらしい計画だ。やるのが君でなければ」という言葉をバネにして、食とサービスにこだわり抜いて店を続けて来た日々の想いが爽快なタッチで綴られている。コンサルチックな経営指南書にはない、日々の実践に裏付けられた言葉のひとつひとつは迫力と説得力に満ち、多くの言葉が現在の私に刺さるものだった。そのほんの一部をご紹介する。

商売はその日その日が勝負で、よけいに先のことがわかりません。ただそれは必ずしも絶望を意味しません。むしろ今日一日が充実している証拠かもしれません。

企業が潤えばみんながおこぼれにあずかるという図式は、工業が産業の中心だった過去の時代の遺物です。いまや、産業の中心は情報やサービスに移っているのです。いまこそ、個人経営の時代だと私はあえて言いたい。

経済とは、この世界で人と人がつながる(関係を熟成させる)ためにあるのです。一部の企業が儲けるためにあるのではありません。

仕事が遊びであり、遊びが仕事であるなら、無駄なことはけっして無駄ではなくなりますし、あらゆることが知らず知らずのうちに反応し合い、結びつき合い、熟成されていきます。

負ける店にはその店の数だけ負ける原因が見出せるものだが、勝つ店には必ず共通する要因がひとつある。それがフィロソフィだ。(中略)シンプルな表現をすれば「お客に喜ばれたい」という意識で、これがあるかないかで成否が決まる。

私自身4年前に起業し、井野さんに比ぶべくもないが、雑草のように踏みつけられるような思いを味わったこともある。それに対する反発心で、何とか今までやって来ることができた。その一方、大きな会社に勤めていた時、目の前のビジネスを推進するために、知らず知らず、取引きする会社やそこで働く方々をないがしろにしていたかもしれない・・という苦い想いが湧き上がって来た。

アナーキズムは、かつて“無政府主義者”という誤った解釈をされて来たが、「ブルシット・ジョブ~クソどうでもいい仕事の理論」で日本でも一般に注目されたデヴィッド・グレーバーなどによって再評価されている。それは「権力による強制なしに人間がたがいに助け合って生きていくことを理想とする」思想だ。井野さんの著書にも、ベルクの思想をこう述べられている。

私達がここでベルクを続けてきたのは、もちろんお客様のためであり、自分たちのためですが、こういう店もありじゃない?と世に問いたいところがあるのです。経営のあり方を含めて‥・。組織ではない、でもワンマンでもないバンドのような個人経営ですね。

1960年代、自主独立と共闘の聖地だった新宿でいまも「アナーキズムな場」であり続けるベルクは、知る人ぞ知る存在。ここに私が書いたことは、ベルクを愛し続けて来た人にとっては今さら感満載だろう。いまだ「ベルク初心者」の私と妻だが、私達なりに応援して行きたい、それによって生きる・働く活力をもらいたいと思う。

#新宿ベルク   #アナーキズム


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