青に溶ける《上》短編小説
アオとの再会は、俺に十分すぎるくらいの屈辱を与えた。
山を背に、海を臨む港町で俺とアオは育った。
俺の家は漁師で、小さな町に住む人々のほとんどは当たり前に海の恩恵を受けている。その中で、祖母と暮らすアオは山のほぼ頂上に住み着き、滅多に町に降りてくることもない。自分の祖母に連れられるまで、俺はそこに人が住んでいることすら知らなかった。ボロボロの、今にも崩れてしまいそうな平屋はさながらお化け屋敷で、小学生だった俺は普段の勝気さが引っ込んでしまい、たまらず祖母にしがみついていた。
「何しにきたぁっ」
外れかけた引き戸を苦労して開けた祖母を、日本昔ばなしでしか見たことのないようなガリガリの婆が唾を撒き散らしながら怒鳴りつけた。恐ろし過ぎて涙も悲鳴も出せずに固まった俺を自分の背後から引っ張り出しながら、祖母はニコニコと「アオちゃんに友達を連れてきたの」と宣った。まさかこんな山姥と友達になれとでも言うのかと、目玉を落としそうなほどにギョッとした俺の視界の端で、ボロ切れがもぞりと動いた。
薄暗いボロ屋の中にガリガリの子供がいた。パサパサの髪の毛に、僅かな光でも分かるほどに乾燥して粉の吹いた皮膚。骨が浮くほどに痩せた顔の中で、まん丸の目が爛々と青く光っていた。
怒鳴り散らす婆を祖母が抑えるように宥めすかし、俺はその妖怪の様な子供と友達になる羽目になった。
友達になった、といってもアオはほとんど家に監禁されており、学校にすら来ることも無かったので、たまに強引に祖母に引き摺られて行く時以外ほとんど会うことも無かった。会ったとしても、不貞腐れて雑草だらけの庭なのか雑木林なのかも分からない敷地の片隅で地面を弄る俺を、アオはおどおどと見ているだけだった。まともに話したことすらない。俺たちが訪ねた時に、アオが「秀ちゃん」と嬉しいのか悲しいのかよく分からない声音で俺の名前を呼ぶだけだ。その声を聞くと、首の毛が立つ感覚がして、胃がひっくり返る様なふわふわとした感覚がして、酷く不快だった。
そんな不気味な奴と会うことのない学校は、当時の俺の天下だった。担任を揶揄ってクラスメイトと笑い、陰気な奴にちょっとした悪戯をする。いつも俺の周りには沢山の本当の友達がいた。
けれど、そんな平和な日々を、アオは壊そうとした。
「秀ちゃんっ」
少し長い昼休み、チビでノロマなクラスメイトから取り上げたアニメの筆箱でキャッチボールをして遊んでいた時、あの嫌な声が俺の名前を呼んだ。
振り向いた俺は、きっと酷く怯えた顔をしていた。教室の前の扉からデカくて丸い目を爛々と輝かせたアオが、真っ直ぐに俺を見つめていた。相変わらず不快感しか無い汚れた服に、ガリガリに痩せた骸骨の様な体。クラス全体の空気が得体の知れないものへの恐怖で凍りついていた。厚かましく駆け寄って来たアオを、俺は思わず突き飛ばした。ゾッとする程に軽い奴の体は、大袈裟な程に弾き飛ばされ、俺はその不快感の全てを口から吐き出すのを止められなかった。
床にぽかんとしたまま転がり、俺の精一杯の罵詈雑言を浴びていたアオは、すっ飛んできた担任に連れていかれ、山から鬼の形相で降りてきた婆が現れ、大騒ぎになった。結局その騒ぎの後、婆はアオを監禁しておくことが難しくなり、学校に通うようになってしまった。
そこからは良くある話だと思う。懲りることなく俺に付きまとうアオは、俺とその友達に徹底的にいじめ抜かれた。それはアオの祖母が死に、アオが施設に引き取られる中学一年の夏まで続いた。
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