見出し画像

「況や悪人(ワル)どもをや」No.8

            8,
飯を食い終えると、抱えてきた布袋を、飯炊き女に案内された部屋に置き、そこで班長の宮田から渡された作業服に着替えた。作業員らを満載したトラックの荷台に乗り込み、作業現場に向かった。
 雨風に土や砂利を抉り取られて、石や小岩が剥き出しになった道は、まるで河原を走るように、トラックの大きなタイヤでも小岩に乗り上げて跳ねて傾き、穴に落ち込んで身動きできなくなって全員でトラックを押したほど凹凸が激しく、荷台の工夫達はその度、体が浮きあがり、そして荷台に貼った鉄板に尻から落ちて悲鳴を上げた。
 菅原は、荷台の扉板を大きな手で掴み、耐えていたが、それでもやはり周囲の工夫達と一緒に激しく尻を打ち、直前に掻き込んで食った飯が、お茶と一緒に吐き出しそうになったが何とか堪えた。
 食堂の前をトラックが通りかかった時、食堂の、開いた厨房の小窓に、ふと人の顔を見つけた、見遣ると、それは、あきちゃんと呼ばれていた飯炊き女、だった。そのあきちゃんが、菅原の方をじっと見ている。
 他の工夫は気づかないのか、何も云わなかった。ふと、飯炊き女、あきちゃんと視線が合った、あきちゃんは、視線を艶めかしく絡めたまま、思わせぶりに、片方の耳に掛かった髪を上げて、そして窓の横に姿を隠した。

 焼き玉エンジンのような破裂音を山空一杯に轟かせてトラックは、峠の坂を登り始め、後で知ることになるが、この急坂と、蛇がとぐろを巻いたように曲がりくねった国道38号線を、車体をブルブルと震わせながらも坂を上り、大きな曲り道に車体を右に左にくねらせて登り、時々に山裾を削って敷いた軌道を右に見たり左に見たり、時には上に、時には下に見て、今日の工事現場へと着いた。
 現場のレールの横に、朽ちた板を打ち付けただけの粗末な小屋があり、トラックの荷台から飛び降りた工夫達は、各々、ツルハシやバール、大きなモンキーやスパナを持って、それぞれの持ち場に着いた。
 菅原には、大きな鉄の塊をぶら下げたようなハンマーが渡され、大小二つの自在スパナを持った若い工夫と組んで、レールの、古い継ぎ目板のボルトとレールを留めた犬釘を外せと命じられた。
 菅原は、そう長い期間ではなかったが、夕張の炭鉱に居た頃、トロッコ用のレールの継ぎ目板を臨時呼ばれて取り換えたことがある。その要領ならと安易に考えていたが、継ぎ目板の鉄板はそれよりも厚みは3倍、縦横は数倍の長さのもので、それを締め付けているボルトの頭は見たこともない形で、鉄錆と、機関車の排煙から降り積もった石炭の煤の中に埋まっている。
若い工夫は、自分から
「僕、小島、です。確か、菅原、さん?よろしくお願いします」
と名乗ってぺこりと頭をさげた。飯場渡り歩いてこんな丁寧な挨拶を初めて受けて、菅原はどう返せばよいか判らず、口籠った。
 小島が、ボルト頭の錆を小さなハンマーで叩いて払い除け、ボルトの地金が見えると、大きなモンキーをナットに噛まし、その柄を持って、ここを叩けと目で菅原に合図した。
菅原はハンマーを横に振りかぶり、小島の持つハンマーの柄の先をめがけて叩いたが、打ちどころが悪かったか、柄は跳ね上がって、狂ったように回転して、小島の顔に当りかけた、が、小島は咄嗟に身をかわして難を逃れた。
怒るかと思ったが、小島は表情変えず、
「菅原さん、ここ、ここですよ、ここ打って下さい」
菅原は、今度はゆっくりとハンマーを振りかぶり、云われたハンマーの柄の部分を打った、手に確かな手応え、そしてボルトの頭が、少しだが回転して緩んだ手応えがあった。
 小島はそこに油を注し、暫く待って持っているモンキーでナットを掴まえ、モンキーの柄を小さなハンマーで叩いてボルトを緩めていく。
 その要領を繰り返して、錆びついた継ぎ目板のボルトを全て外し、新しい継ぎ目板をレールの下に当てて、叩いて押し込み、新しいボルトでレールを仮留めした。
 最後に他の工夫がバールを持ってきてレールをずらして、継ぎ目板を所定の位置に取り付け、ボルトを増す締めして、レールを固定した。
 同じ要領で、次々とレールの継ぎ目板を交換して、その日の作業は終了となった。
 使った作業工具を小屋に仕舞い終え、トラックの荷台に乗りこむと、宮田が云った、
「やっぱ、このガタイ、だな、菅原さん、菅原さんみたいな男が、あと三人もおれば、すぐ片付くんだがな、竹さんではいつまで掛かるか、なあ」
宮田は前に座る、小柄な佐竹に向かってそう云った、云われて佐竹は言葉を返した、
「宮さんみたいなジジイ、何人集めてきても、帰りのトロッコ、怪我人だらけの山、じゃのう」
工夫達は大笑いする。食堂の飯炊き女、あきちゃんを誰かがからかって、
(そんなら、オラにも、もう一杯、飯、入れてくれ、入れてくれたら、竹さんには何も云わねえす)
と云っていたのを聞いたが、この小柄な男が、あきちゃんの亭主、竹さんか、と菅原は思った。

いいなと思ったら応援しよう!