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今日も今日とて
疲れました。
ええ、とても。
昨日、覚悟したわりには呆気なく終わりそうで、なんなら余裕さえありそうな予感。
いいぞ。
イレギュラーでたまった業務を片付けるチャンス。
あとは試験結果をまとめて終わりだ!と、まとめに取りかかり、ウキウキしてきたところで時が止まる。
やり残した試験を見つけた。
いや、でもな。
期限に余裕があれば今日しなくても問題ない。
来年の初めに試験しても大丈夫か確認してみる。
試験期限は今日。
おわった。
いや、セーフなのだけど。
今からすればギリギリ間に合う時間だから、むしろ助かったんだけど。
心は折れた。
はあああああああ。
午前中にした試験をもう一度する悔しさよ。
午前のうちに気付いていたら、こんな二度手間はしなくて済んだのに。
自分に腹が立つ。
いや待て、落ち着こう。
本当に期限は今日なのか。
試験期限の変更は割とよくある。
手元にある予定表は古くて、最新のものだと実は今日ではなかったりしないか。
往生際が悪いのは承知しているが、念の為、淡い期待を抱いて最新版を確認する。
やはり期限は今日である。
舌打ちがこぼれそうになりながら試験の準備をする。
なんだか、死の受容過程みたいだ。
死も失敗も、受け入れ難いものなので似たような過程をたどるのかもしれないなあ、なんて思ったりした。
死と失敗じゃ、受け入れ難いのレベルが違いすぎるのは認める。
この試験準備をしているときは「抑うつ」だろう。
めちゃくちゃ落ち込んで、自己否定が止まらない。
試験が順調に進み、定時内に試験が終わることが予想できた段階で、ようやく「受容」できた。
終わりよければすべてよし、なのだ。
明日は!
明日こそは軽めに過ごしたい。
仕事納めである。
イレギュラーはもう間に合っているので、 来年以降に、できれば3ヶ月以上前空けて、でも可能な限り来ないでください。
非日常はちょっとでいいの。
連日は無理なの。
ってのを思い知った年末。
お疲れ様!!