草野くれよん

誰かのために書いたり考えたりする人です。

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マガジン

  • 化石エッセイ図書館

    はるか昔のネット創成期に書いていたエッセイが発掘できたので、noteにまとめておきます。失笑ものの古くささ。今の時代に読ませるものではないことは本人がよくわかっております。

  • 地域密着型小説

    主に稲毛エリアを舞台としたショートストーリー集。稲毛新聞に掲載していただいた作品もこちらにまとめています。

  • くれよんの文集

    草野クレヨンが書いた作品集。

最近の記事

わが教訓のステンドグラス

ぼくが飯田橋にある大学に通っていた頃の話だ。 広義で必要な本でも探しに行ったのかどうだったか、同学年の女の子とふたりで、御茶ノ水の書店街を歩いていた。 御茶ノ水といえば、ということでニコライ堂の話題になり、教会というスピリチュアルな空間には、なにかいつも忘れている自分を思い出せるような雰囲気があって好きだ、みたいなことを彼女が言った。 彼女はキリスト教文化に強い憧れを抱いていて、確か数年後就職してから実際にヨーロッパの古都を何度か訪ねたらしい。お金に余裕があるのは結構なこと

    • 悲喜劇

      港区南青山という所へ出かけた。思っていたより用事が早く済んだので、カフェで冷たいドリンクを頼んだ。なにしろ気温35度などという殺人的な暑さだ。あたためられた気体は軽くなって上昇すると学校で習ったが、都内の空気は熱を帯びても、ねっとりとアスファルトにへばりついている。 ポンコツ車のラジエーターのように蒸気を吹き上げている体を、アイスコーヒーでだましだまし冷やしていると、横っ面に妙な気配を感じた。 隣のテーブルの女性が、一瞬うろたえた様子を見せたかと思うと、ちらちらと妙な視線を

      • Fly Me To The Universe

        小田急線の急行が停車する駅でのことだ。神奈川県の北の外れといってもいいロケーションに、こんな大きな駅が必要なのかとびっくりするくらい堂々とした、モダンな伽藍がそこにあった。側面のすべてがガラス張りになった8階建てのショッピングプラザがそびえ、上がレストラン、下がテラスになったカフェのテーブルはほとんどが埋まっていた。ペデストリアンデッキの一画で、ストリート・ミュージシャンが、場慣れしたピッキングでアコースティック・ギターを歌わせている。 いかにも人込みがもの珍しそうな、ふぬけ

        • 同窓会へ行かなかった人

           佐古田はもう1時間以上も稲毛の街をさまよっていた。  集合時間はとっくに過ぎている。どうせ同窓会だ、少し遅れたくらいで消えてしまうものではない。けれど、「呼ばれたから来たさ。でも本当は気乗りしないんです」というポーズを取ってみせたいがために遅れてくる屈折した幼児性タイプの人間には、どちらかというと共感を持てない佐古田だったから、遅刻は本意ではなかった。  しかし会場の『潮銘館』という店はいっこうに見つからない。高齢期に突っ込んだ足には、いささか歩きが辛くなってきた。  くそ

        わが教訓のステンドグラス

        マガジン

        • 化石エッセイ図書館
          3本
        • 地域密着型小説
          4本
        • くれよんの文集
          3本

        記事

          応援される人

          「じゃあな、コースケ。また明日な」  京成電車から一人だけ降りた男子生徒が、車内に残った同級生にそう声をかけられると、声の主に向かって軽く手を振った。電車のドアが閉まるよりも早く、ホームの端の改札に向かっていく。  改札の外はすぐ道路で、商店やコンビニ、カラオケスナックなどがぽつりぽつりと建っている。なんということもない生活道路のようであるものの、実は江戸時代から江戸と房総半島をつなぐ街道として利用されてきた歴史を持っている。しかし、残念ながら男子生徒は、そんな由緒は知らない

          応援される人

          喫茶店の人

          「ナオちゃん、ナポリタンセット上がったよ」 「・・・・・・へぇい」  マスターとウェイトレスの、いつものやり取り。ナオちゃんと呼ばれたウェイトレスが、機敏とは言い難い動きで料理や飲物をトレーに乗せ、テーブル席へ運んでいくのを巧也は見るともなく見ていた。  この喫茶店『メディウス』は、駅からだいぶ離れた住宅街の小さな商店街の一角に立地する。ほぼシャッター通りと化していて商店街としての機能を果たしていない商店街だが、中には根強いファンが世代交代しながら長年にわたって支えている店も

          退屈な人

          「行ってきます」 「行ってらっしゃい、高志さん」  出勤のため家を出る夫をいつものように見送ると、千夏はすぐにいつもとは違う行動を取り始めた。身の回りのものをカバンに詰める。必要最低限の生活用品と財布、結婚前から持っている自分名義の預金通帳。いまはこれだけでいい。仮の支度としては十分だ。  この朝、千夏は高志から逃げる───ことになっていた。  流れで、そうなってしまった。実際には、逃げる必要などまったくない。夫婦仲は円満そのもの。高志は穏やかな人柄で、大声を上げたことすらな

          ヘブンズヴィルの猫 (習作)

          「ああやって、一日中外を眺めているんだ」 老いたマーキーと呼ばれている男が言った。視線の先には、通りに面した出窓の棚の上にうずくまった猫がいた。  濃い茶色の地に、黒い縞がさざ波のような柄を描いている。肩のあたりから尾の先まで、背中の側は模様入り、腹側は灰色っぽくくすんだ白い毛に覆われていた。  立って歩いているときは、その模様の配分が、まるでケープを掛けられ勝利を讃えられている競走馬ような具合で、尾を心持ち丸めながら先だけは拍子を取ってゆらゆらと揺らす様は気品さえ感じる。し

          ヘブンズヴィルの猫 (習作)

          ある夜の男と女 (習作)

          男が地下鉄の駅に向かっていると、交差点にあるデパートの建物の陰から、ふいっと知った顔が出てきた。街灯やネオンで照らされているとはいえ歩道は暗く、顔をうつむけていたのでいっそうわかりにくかったが、体型と歩き方で彼女だと気がついた。 「久しぶりだね」  と彼女は言った。 「しょっちゅう顔は合わせているんだけど。あんた、会社に来てもすぐ帰っちゃうから」  フリーライターである男は、彼女の勤めるデザイン会社から仕事をもらっていたのだ。  近くで少し飲むことにした。  一枚板のオークだ

          ある夜の男と女 (習作)

          1980年、夏 (習作)

           夏休みの外房線は、早朝から混雑していた。  陽光が、駅を通過するごとに凶暴さを増していく。東京駅発の快速電車なので、冷房のある車両だったが、座席についた乗客の眠そうな顔や、半袖シャツから伸びる腕を、溶けたプラチナのような輝きが突き刺し始めた。ブラインドが次々と引き下ろされる。  麻由美はつり革につかまって文庫本を読んでいる。会話をしたくないというサインなんだろう。ぼくは白けた思いで、さしたる興味もない車内吊り広告を見上げた。週刊誌が、発足したばかりの鈴木善幸内閣の先行きを憂

          1980年、夏 (習作)