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はじめまして。CRAFTOUR(クラフツアー)の篠崎です。

 石川県が誇る漆器の三大産地といえば、輪島・金沢・山中。中でも山中漆器は「塗りの輪島」「蒔絵の金沢」に並んで「木地の山中」と称されるほど、木地挽きの技術が高いことで知られています。「CRAFTOUR」は、そんな山中漆器が生まれる現場を体感できるプライベートツアーです。

 このnoteでは、職人たちの声をはじめ、山中漆器の魅力をさまざまな角度からご紹介していきます。Vol.1は「CRAFTOUR」を主宰する篠崎健治さんにインタビュー。立ち上げの経緯やツアーにかける思いを聞いてみました。

篠崎 健治

【プロフィール】
篠崎 健治 / しのざき けんじ
1987年生まれ、神奈川県横浜市出身。大学卒業後、政府系金融機関に入社。秋田と福井に赴任し、主に農家や食品加工業者の事業支援を行う。退社後、石川県加賀市の地域おこし協力隊として移住起業家の伴走支援を2017〜2020年まで活動。任期終了後の2021年に「CRAFTOUR」を立ち上げる。


卓越した木地挽きの技術の結晶「山中漆器」

−山中漆器が生まれたのはいつ頃ですか?

篠崎:今からおよそ400年前の安土桃山時代です。山々を渡り歩き、挽物の器を作って生計を立てていた職人(木地師)の集団が、良質な木が豊富にある山中温泉上流の集落に定住したことが起源とされています。

CRAFTOUR店舗内にて山中漆器を展示

上流に住んでいた木地師たちは、次第にふもとの温泉客に器を販売するようになり、塗りや蒔絵の技術が京都や会津などから入ってきたことで、漆器としてさらに発展していきました。職人が黙々と生み出す伝統工芸品と、人々が集うにぎやかな温泉地って、普通だったら相反するものですよね。こういった例は全国的に見ても珍しいそうで、山中漆器ならではの面白さだと思います。

−なるほど。地域とともに発展してきた漆器なんですね。

篠崎:そうですね。山中温泉も開湯1300年と歴史が深く、松尾芭蕉の句にも登場する名湯です。まちには総湯という共同浴場があり、家のお風呂がわりに毎日使う方もいらっしゃるほど。総湯で顔を合わせると、新参者の僕にも「あら久しぶり!元気?」とみなさん気さくに声をかけてくださいます。泉質がいいのはもちろんなんですけど、地域住民の温かさにも癒されますね。芭蕉は山中温泉が気に入りすぎて、当初1泊の予定が8泊もしちゃったらしいのですが(笑)、僕にもその気持ちがよくわかります。

総湯

−そうした歴史も知った上で山中漆器を見ると、より味わい深いですね。その他にはどんな特徴がありますか?

篠崎:木地師(きじし)・下地師(したじし)・塗師(ぬし)・蒔絵師(まきえし)による分業で作られている点ですね。問屋が各職人に発注するスタイルなので、作り手の名前が表には出にくいんですけど、分業だからこそ、それぞれの工程の専門性が高いとも言えます。次の人の手に渡ることを考えた上で作業を行うので、いい加減な仕事はできませんよね。職人たちの熟練の技術とプライドによって、これだけの高い品質が保たれているんだと思います。また、技法で特徴的なのは「縦木取り」「薄挽き」「加飾挽き」です。「縦木取り」とは、年輪に対して平行に木地を取る工法。原木を輪切りにして、垂直に木を切り抜くイメージですね。板状にスライスして木地を取る「横木取り」よりも取れる数は少ないんですけど、乾燥による歪みが出にくく、美しい木目の器を作ることができます。

縦木取り

「薄挽き」は文字通り木を薄く挽く技法で、中には光が透けて見えるほど薄いものもあります。ここにサンプルがあるので、手に取ってみてください。

薄挽き

−すごい!ポテトチップスくらいの薄さに感じます(笑)。

篠崎:びっくりしますよね。すごく軽いでしょ?これは歪みが出にくい縦木取りだからこそできる技法なんです。そして「加飾挽き」は、カンナや小刀で繊細な模様を施す装飾技法。これも硬質な木地を活かした山中漆器ならではの技と言えます。模様は職人たちが独自に開発したもので、その数は数十種にも及びます。使う道具もそれぞれ違うんですよ。

加飾挽き

−近年では伝統的な木製漆器に加え、新たな漆器も生まれているそうですが、どういった器なのでしょうか?

篠崎:近代漆器と呼ばれる器で、プラスチック樹脂の素地にウレタン塗装を施しています。スタイリッシュなデザインの中に伝統的な塗りや蒔絵の技術が活きているのが特徴で、作られ始めたのは昭和30年代。通常の木製漆器は電子レンジや食洗機には対応していないので、近代漆器の方が現代の生活にフィットしやすく、最近では全体の売り上げの7割近くを占めていると聞きます。

CRAFTOURは工房を“見学”するのではなく職人と“対話”する

−篠崎さんが主宰されている「CRAFTOUR」の概要を教えてください。

CRAFTOUR外観にて

篠崎:山中漆器を作る職人の工房にお邪魔して、モノづくりの現場を体感できるプライベートツアーです。先程お話ししたように、山中漆器は職人の名前が表に出ることが少なく、伝統技術の多くは公開されていません。そんな貴重な手仕事を間近に見られるのが「CRAFTOUR」の魅力で、一方的に説明を受ける“見学”ではなく、職人さんと話をしながら興味や理解を深めていく“対話”に重きを置いています。どんな小さな疑問でも自由に質問できますし、写真撮影も基本的に制限はありません。時にはちょっとしたクイズも織り交ぜながら、山中漆器の工程を楽しく学んでいただけるように心がけています。

−具体的にはどんなコースがあるのでしょうか?

篠崎:木製漆器の「木地挽き」と「漆塗り・蒔絵」、近代漆器の「成形・塗装」の3コースがあり、単独でも、組み合わせることもできます。「木地挽き」は、先程特徴としてお話しした「縦木取り」「薄挽き」「加飾挽き」の技術を見ることができ、「漆塗り・蒔絵」は漆の塗装や独特な硬化法、金・銀粉を蒔きつける繊細な技法が見どころです。「成形・塗装」では、伝統と革新が融合した近代漆器のダイナミックな生産現場に立ち会うことができます。あらかじめコース内容はある程度設定していますが、どんな体験がしたいかを伺った上で、ニーズに合わせて職人さんや工房をコーディネートします。

塗師:清水一人さん
木地師・戸田勝利さん

−ツアーに参加されるのはどんな方ですか?

篠崎:感度が高く、日本の伝統工芸に興味のある方が多いですが、決して敷居の高いツアーではないので、どんな方でも大歓迎です。最近では欧米のインバウンドのお客さまもずいぶん増えました。日本の方は技法について聞かれることが多いのですが、海外の方は収入のことなど結構突っ込んだ質問もされますね(笑)。視点の違いが面白くて、案内する側としてもすごく勉強になります。ちなみに「漆」って英語で何て呼ばれているか知っていますか?

−わかりません!教えてください。

「japan」って言うんですよ。そのくらい日本を代表する伝統工芸であるにも関わらず、近年では斜陽産業と言われ、漆器を作るための道具を作る業者までもが減ってきています。山中漆器も職人の高齢化や後継者不足が課題となっていて、大切に受け継がれてきた技術の灯火が消えつつある。すごく悲しいことですよね。僕は作り手でも売り手でもないので、伝えることしかできないけれど、「CRAFTOUR」が少しでも山中漆器の未来を明るくして、さらに山中温泉がもっと世界に知れ渡るきっかけを作れたら嬉しいなと思っています。

神奈川から石川へ。なぜ山中漆器のとりこに?

−篠崎さんは金融機関で働かれていたそうですが、もともとモノづくりに興味があったのでしょうか?

CRAFTOUR店舗内にて

篠崎:いえ、恥ずかしながらクリエイターの“ク”の字も知らないような人間でした。クリエイター=デザイナー=イラストレーター??くらいのレベルです(笑)。原体験となったのは、銀行員の時に赴任した福井で、鯖江の眼鏡や越前打和紙などの職人技に触れたこと。一つのことに真摯に向き合い、技を極め、優れたモノを生み出す人々の姿にすごく感銘を受けました。そこからモノづくりに対する憧れと、職人さんへのリスペクトを抱くようになりましたね。
 
−その後、退社して加賀市の地域おこし協力隊に。応募した理由は?
 
篠崎:金融機関の仕事もやりがいはあったのですが、どうしてもお金を貸すなどの限定的な業務になってしまうんですね。もっと地域に入り込んだ仕事がしたいと感じていた時に、加賀市が起業を目指す人を支援する協力隊員を募集しているのを見つけて、前職で培った経験を活かせるのではないかと考えました。
 
−そこからどう「CRAFTOUR」の立ち上げへとつながったのでしょうか?
 
篠崎:任期中の2019年に、山中温泉の自然・文化・モノづくりを体感する産業観光イベント「around」に関わらせていただいたことが一つの転機となりました。3日間で約8,000人の来場があり、イベントは大盛況。それまでは憧れでしかなかったモノづくりの一端をほんの少しでも担うことができて、やっと次のステージに進めた気がしました。

篠崎:イベントの発起人である山中漆器問屋「我戸幹男商店」代表の我戸正幸さんは、協力隊員の僕を何かと気にかけてくださって、山中漆器の奥深さも教えてくれた人。我戸さんと「こういう体験を年間通して提供したいですよね」と語り合ったことが、「CRAFTOUR」立ち上げの原点になりました。

篠崎:翌年の2020年で協力隊員の任期は終わったんですけど、「CRAFTOUR」に対する思いがあったので、山中温泉を去る選択肢はなかったですね。コロナ禍で思うようにいかないことも多々ありましたが、悔しさをバネに2021年からスタートを切りました。

−立ち上げから3年が経ちましたが、手応えはいかがですか?

篠崎:まだまだ試行錯誤の段階ではありますが、おかげさまでお客さまには好評で、少しずつ展望も描けるようになってきました。現状は3コースが中心ですが、今後はより専門的なクリエイター向けのコースを新設する予定です。先程お話ししたように、山中漆器は今、さまざまな課題を抱えています。この素晴らしい伝統技術を他分野のクリエイターにも広く知っていただくことで、コラボレーションのアイデアなどが生まれる一助になればと考えています。

CRAFTOUR店外の看板

今後の展開がますます楽しみな「CRAFTOUR」。このnoteでは、篠崎さんと職人さんの対談など、なかなか知ることのできない貴重な情報をお届けしていきます。どうぞご期待ください!

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