ハンティング・オブ・ザ・スナーク|創作
少年たちは、いつもの秘密基地に集まった。ちょうど421回目の"作戦会議"(というのはお題目だけで、実際は漫画を読んでゲームをするだけ)が始まろうとしていた。いつものように、仕切りたがりのブルースはどこから拾ってきたのか、わざわざホイッスルを甲高く鳴らして、ブービーとベティの注目を引いた。
「諸兄、よくぞ集まってくれた。本日、我々はここに『スナーク捜索隊』を設立する」と、ブルースは畏まって宣言した。小学校教諭にしては口調がばかに堅すぎる担任を真似するのが、最近の彼の流行りだった。
「『スナーク捜索隊』?」と、もやしっ子で、冷蔵庫に三か月放置された空き缶くらい頭がからっぽのブービーが怪訝そうに聞き返した。
「スナークってあれだろ、お菓子のことを英語でスナークって言うんだろ」と、肥満体系で手足がビーバーみたいに短いベティが自慢げに言った。
「じゃあスナークって英語でなんていうの?」とブービーはベティに尋ねた。
「ばっかだなあ。だからあ、お菓子は英語でスナークだって言ってるだろ」
「じゃあお菓子って日本語ではなんていうの?」
「それはだから、お菓子を日本語でお菓子っていうんだろ!……あれ?」
「違う!(ピーッ)」ブルースはホイッスルを息が切れんばかりに吹いて、ふたりの会話を遮った。「スナークはお菓子じゃない、生き物だ」
「えっ、じゃあ、これも生き物ってこと!?」と、怯えたブービーは食べかけのポテトチップスの袋を手から離した。ポテトチップスは、その隙にベティによってきれいさっぱり平らげられた。
「(ピーーーーーッ!)……ゼェ……ハァ……静粛にしたまえ!」ブルースはけたたましくホイッスルを鳴らしながら怒鳴った。しかし、ブービーは生まれてこのかた食べてきた"お菓子"というものが実は生き物だったと勘違いして震えていたし、ベティの口はポテトチップスでぱんぱんに膨らんでいた。間違いなく、この場で最も静粛でないのはブルースだった。
「いいか、今日という今日はスナークを発見するのだ。日暮れまでに必ず!」
「今日という今日はって言うけど、ぼく、スナークなんて初めて聞いたよお」と漏らすブービーを無視して、ブルースはふたりにずっしりとした銀色のフォークを一本ずつ手渡した。少し手あかがついている。
「スナークを狩るためのスタンダードな方法は、こうだ。まず、指ぬきと“配慮”でスナークを捜す。次にフォークとホープを、つまりフォークと“希望”を持つわけなんだが、実をいうとここは英語では韻を踏んでるんだ。ははっ、興味深いだろう……」
「とりあえず、このフォークでスナークってお菓子か動物かをブッ刺して捕まえればいいんだろ?だったらはやくいこーぜ。晩飯の時間になっちまう」
ベティが言った。彼はハムスターが回し車を一周分走り終えることすら待てないほど短気だった。
「それもそうだな」ブルースとベティは秘密基地を駆け出した。ちょっとまってよーと、ブービーの震える声が後ろから聞こえた。
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「……そして第三に、やつらは冗談が苦手だ。もし君らがほんの冗談を言おうものなら、やつらは深くため息をつくだろう。ククッ……洒落に対してはいつも死にそうなんだ。第四に……」
ブルースは森を歩きながらスナークの特徴を言って聞かせた。ベティはブルースのへんちくりんな言葉など意に介さず、木の枝で茂る草を払いながらずんずん進んでいた。ベティがふと、立ち止まった。
「あれ、ブービーはどこいった?」
「あれ、ほんとだ。まだ秘密基地にいるんじゃないか?」
「そうだな。あいつのビビりはいつものことだし、ほっとくか」
「ああそうそう、肝心なことを言い忘れていた」
ブルースはベティに向き直り、声のトーンをぐっと下げ、真剣な眼差しで続けた。
「もし見つけたスナークが『ブージャム』だったらおしまいだ。そいつに出くわしたやつは、その瞬間、忽然と消えてしまい二度と現れなくなってしまうんだ。」
「はあ?どういうこと?」
「だから、スナークには色んな種類がいて、そのうちのブージャムに当たったら、自分は消えてなくなるってことだ!」
「ばっかじゃねーの!そんなわけあるかよ」と言うが早いか、ベティはさらに森の奥深くへと走り出してしまった。
「おーい、待てよ!」と叫んだが、なんだか追いかけるのが面倒になって、ブルースはまあこの辺でいいか、と周囲を探索し始めた。
それからすぐに、「スナークだ!」と、ベティの声が聞こえた。
「えっ!?」とブルースは振り向いた。そんなとんとん拍子で見つかるだろうか、お調子者のベティのことだから嘘かもしれないと思った。
「これは、ブー……」
それから何も聞こえなくなってしまった。ブルースはベティがつづけて「ジャムだ」と言ったような気がした。
「ベティ?」
呼びかけたが返事はない。声がした方に向ってみると、そこにはベティも、ベティのフォークも、持っていたポテトチップスの袋も、何もかもが無かった。ブルースは、一瞬何が起こったのかわからなかった。そしてじわじわ膝小僧が震えてきて、びっくりして、ついに泣き出してしまった。何度もベティの名前を叫んだが、返事はない。ベティがいなくなってしまった。きっと、ブージャムに出くわしたからだ。スナークはブージャムだったのだ!ブルースは走り出した。はやく大人に知らせなければならない。走り出して間もなく足がもつれて派手に転んだ。何とか手を地面について身を起こした。涙のせいで視界がぼやけて、森の茶色い景色がゆらゆらゆれる。すると、かさかさと落ち葉を踏む音と一緒に誰かが前から歩いてきた。涙を拭いて顔をあげると、目の前にはブービーがいた。
「あっ、ブー……」
……
…………
蛇足
このお話、元ネタはルイス・キャロルの「スナーク狩り」という詩です。「スナーク狩り」とは、スナークという架空の正体不明な生物をハンティングするお話です。スナークとは何か?というのは、詩を読んでみてもよくわかりません。おかしな特徴が挙げられる(早起きが苦手とか、ジョークが苦手とか)以外に、説明らしい説明などされないからです。不思議の国のアリスを見た、あるいは読んだことがある人なら、ジャバウォックやバンダースナッチなどと一緒で、そこはかとなく不気味な架空の生物だ、と言えば伝わるでしょうか。
「スナーク狩り」でスナークを捕えようとする人物たちは、全員“B”で始まる名前で呼ばれます。ベルマン(Bellman)、ボンネット製造者(makers of Bonnets)、弁護士(Barrister)、ビリヤードの記録係(Billiard-marker)、銀行家(Banker)、仲介人(Broker)、ビーバー(Beaver)、肉屋(Butcher)、パン屋(Baker)、そして靴磨き(Boots)です。どう考えても狩りに向いていない職業(動物)たちが、とある島でスナークを狩ろうとします。そして最後にはスナークを見つけるのですが、パン屋が見つけたスナークはブージャムでした。ブージャムに出くわした奴はその瞬間に消えてしまうのです。パン屋は「ブー……」と、最後まで言い切ることなく姿を消してしまいました、という少しホラーな終わり方です。
ですが、この話には面白い解釈があります。以下、ウィキペディアから引用します。
スナークがブージャムではなかったとしたら……ちょっと不思議な話がサスペンスに早変わりです。そして、私はこの解釈が結構好きなのです。
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