散歩
フィクション
彼女と程々に人通りがある道を歩く。普段は手をつなぐことが多いが、今日は腕を組んで歩いていた。体調は決して悪いわけではなかったはずだが、彼女は少し俯きがちだったし、歩みもいつもよりゆっくりだった。
冬の空気は昼でも冷たい。手袋をつけない代わりに両手をコートのポケットに入れて歩く。彼女の両手が縋る手はそのままに、反対側の手で携帯やらポケットの中で遊びながら歩く。
正面から人とすれ違うたびに彼女は少し歩みが乱れ、腕に縋る手に力が入る。口数は少ないがその度にこちらに視線を向けてくる。少しすると元の俯き具合に戻る。
信号に捕まった。同じように信号待ちをする人がいくらかいる中で、段々彼女の縋り付く力が強くなっていく。聞き取れないくらいの声をこちらに向けてきたので、笑顔で返す。まるで信号が早く変わることを願っているような、それでも歩き出すのを嫌がっているような様子だった。
信号が変わり、足が進まない彼女を少し強めに引いていく。観念したかのように彼女は再び歩き出した。彼女の体が震えるのを無視して目的地まで歩いていった。
大した時間ではなかったが、彼女にとっては漸くなのだろう。目的地に着き、受付を済ます。その間も彼女は人目を気にするかのように、ロビーの端に佇んでいた。エレベータで漸くの密室。静かなこの空間にかすかな音が響く。彼女はこれまでと違い、腕ではなく体に縋り付き、それを受け入れ頭を撫でた。開いたエレベータから彼女の腰に手を回し部屋まで連れていき、そこで漸くスイッチを切った。