【CQ特別インタビュー企画】株式会社東レ経営研究所 代表取締役社長 高林和明さん「文化の違いを通して『人の心』に向かい合い続ける」
高林和明(たかばやし・かずあき)さん
株式会社東レ経営研究所 代表取締役社長
異文化エキスパート講座修了・ホフステードCWQ認定アソシエイト(2022年9月)
「人の心」に対する関心が原点
―高林さんは2020年以来、当時赴任されていたタイからオンラインで、CQラボの異文化エキスパート講座(現CQ実践コース)とホフステードCWQ認定アソシエイトコースを修了されました。
講座に参加された動機や期待はどういったものだったのしょうか。
私はもともと教育学部の教育学科出身で「人の心」に関心がありました。
タイに赴任したのは59歳の時です。初めての海外赴任でしたが、当時の社長に突然「行け」と言われたんです。私はTOEICが当時500点台で繊維に関わる業務も経験したことがなかったので(タイの 東レグループは9割が繊維事業)、上司に私で本当にいいんですかって尋ねたら、「全然問題ない」と言われました(笑)。
異文化にはもともと興味がありましたが、実際に行ってみると驚きの連続で、日本との違いを日々メモに取り貯めていました。その中で 2018年頃、タイで宮森さん(CQラボ代表)の講演会に参加したのがCQとの出会いです。
その後、2020年のコロナの大流行で、夜の宴会やお付き合いが一切なくなり、「この機会を逃す手はない。とにかくこの間に勉強しよう!」と思いました。
当時すでに帰国は内示されていたので、背景には帰国後の想いみたいなものもあったと思います。つまり、「リバースカルチャーショック」への備えや、他にはない日本文化の特徴への関心です。
例えば、 日本は世界一安全だけども自殺者の多さが世界有数だったり、自己肯定感が低かったり。「日本人・日本文化って変だよね」(笑)と今でも思っています。そこを追求したい。
私は何かに関心を持つと、現場へ行って肌感覚で理解しないと気が済まない性分なので、先日も実際に大学へ出向いて若者と対話し、理解しようと試みました。この年になっても人間の心やその多様性に対する興味は尽きません。
タイではコーチングは成立しない!?:体験と理論が結びついた
ー人間やその心に対する関心が高林さんの原点になっているのですね。
私が高林さんと講座をご一緒した時印象に残っている事のひとつは、タイにおける「権力格差」の高さ(ホフステードの文化次元のひとつ)の実例です。
当時、高林さんはタイの東レ代表兼社長をされており、工場で離任挨拶された際には従業員が全員玄関にずらっと並んで出迎えたというお話をお聞きして、日本とは次元の異なる階層的な社会であることを実感しました。
中でもタイでは(日本では定着しつつある)コーチングが有効ではないというお話がとても興味深かったです。
コーチングの有効性に関しては現地の有識者とも対話をしました。タイのような階層的な社会では、たとえば上司が部下に対して普通に質問をしても、部下は「この上司は無能だ」と考える傾向があります。
このような文化で上司が部下に質問をする場合は、まず自分の実績や権限を示した上で、「本当は自分は答えを知ってるんだけど、あなたのことを思って(敢えて)質問してるんだよ」というスタンスを示さなければ、有効な関係性は築けません。コーチングそのものを否定するのではなく、それが文化の違いなのです。
日本でよく耳にする「心理的安全性」※についても同じことが言えると思います。同じく階層的な文化であるインドで日本企業のトップをしていた人と、「インドやタイで『心理的安全性』が成り立つか」という対話をしたことがあります。その時意見が一致したのは、ある文化で構成された概念が必ずしも異なる文化でそのまま成立する訳ではないということです。
ー階層的な文化では、「上の人は自分より優れていて答えを知っている」ということが前提になっているということですね。大変興味深いです。
高林さんが講座に参加して特に発見されたことはどんなことですか?
なんといっても集団主義の文化次元の理解が難しいと思います。よく日本人が集団主義なのか個人主義なのかで議論されますが、日本人は他の文化と比較するとどちらともいえない中間的な位置づけだと思います。
例えば個人主義という面で比較すると、欧米人が子どもをベビーシッターに預けて夫婦でバカンスに行くなんていう話を聞くと、日本ではありえないと私は思います。
逆に日本人は集団主義的なタイ人と比較しても異なります。知り合いのタイ人が、ご家族間の(日本人からみるととても些細な)トラブルが原因で精神に不調をきたしてしまいました。それだけ集団主義の文化では自分と家族の心が一体になってることを感じました。
一方で日本では「会社集団主義的」な面があり、会社に対して仲間意識が強く、本来あってはならないのですが、会社のためを思うがゆえに不正を働いてしまうみたいなことも起こりえます。
同時に世代間のギャップも感じています。日本の若い人たちとシニアの人たちでは私から見ると権力格差や集団主義の面で相当違って見える。その辺も単にデータをうのみにするのではなく、勉強して発信していきたいと思っています。
メジャーリーガーと昭和のスポコン漫画:世代の違いや日本社会に対する視点
ー 世代の違いで言うと、若い人の生活の質に対する志向なども変わってきていると感じます
最近の例では、ある日本出身のメジャーリーガーの発言が象徴的だと感じました。「私の使命は1番目が夫であること、2番目が子供の親であること、そして野球は3番目です」みたいな発言があったんです。何十億も稼いでるプレイヤーのそういった発言は、ひと昔前は想像ができない。彼のような若い世代は生活の質と達成・業績を両立させられると考えていると、私は捉えました。
ー面白いですね。私は60年代生まれなので、野球と聞くと当時テレビで人気だったスポコンアニメの主題歌にあった「血の汗流せ~涙を拭くな~」というフレーズを思い出します。世代によってずいぶん変わったと感じます。
そうですね。それに伴い、子どもたちへのスポーツ指導のあり方も変えていく必要があると考える人も増えてきたと思います。方や、自分が過去に受けてきた経験から同じような指導方法を実施する指導者も多くいます。これからは大きく変わっていく時期だと思います。
―同感です。子どもへの行き過ぎた不適切な指導による「指導死」が問題になっていますが、社会全体で見直す時期に来ていると思います。
高林さんは、講座での学びをどういっ た形でお仕事などに生かされていますか?
東レの経営幹部 候補者に対する研修では、宮森さんにも来てもらってCQの研修を行っています。研修後に海外赴任した人にインタビュー しましたが、「研修を受けて良かった」「これを知っていたおかげで全然違った」という声が聞こえてきます。
ホフステードCWQ認定アソシエイト資格を取ってからは、 海外の経営幹部に対する研修でホフステード理論の話をしました。そうしたら、「ぜひこれからは海外駐在員を送り出す前に、ちゃんとこの理論を教えてから海外に送ってほしい」と言われました(笑)。
海外赴任する人は語学だけではなく、文化の違いを赴任前と赴任後に学ぶのが大切だと思います。その際、理論だけでなく実体験を伝えて実感してもらうのが有効です。
例えば、タイのような権力格差の高い文化では、部下から上司に「悪い知らせ」はまず上がってきません。上司は文化の違いを理解した上で、どうやって(悪い知らせを)言ってもらうか努力が必要です。「決してあなたに対して怒ったり評価を下げたりしませんから、頼むから言ってください」ぐらいのことを 言わないとダメなんです。こういう話を通して赴任前に違いを感じてもらうのが効果的だと思います。
失敗体験と振り返りを通して学ぶ
―理論を聞くだけではなく、体験談を通して疑似体験し てみるということですね。
これは私だけではなく他の経営者の方にもお願いしていることですが、研修では「(成功談ではなく)ぜひ失敗談や苦労したことを話してください」と言っています。その方が断然心に刺さる んです。私は異文化に限らず自分の過去の失敗を全部メモしておいて話のネタにしています(笑)。
また振り返ることは非常に大切です。赴任後に実際に体験をしてみて、ちゃんと フォローアップしながら振り返ってもらう。そうすると「あの時学んだことはこういう意味だったんだ」ということが分かると思うんです。
ー有難うございます。最後にこれからCQの学びを受けられる方に何かアドバイスがあればお願いいたします。
まず「違い」に関心を持つことが大切だと思います。そしてご自分がどんな問題意識を持っているかに向きあうこと。私はタイにはわずか3年半の赴任でしたが、興味と問題意識を持てばここまで行けるんですよ、ということをお伝えしたいです。
人口減少に伴い、日本では将来ますます海外から働きに来る人が増えます。不確実性の回避の傾向が高く、達成志向が強い日本人は「インクルージョン」は決して得意ではありません。しかし自分たちの価値観を当たり前と捉えて、相手に「日本の文化に従え」と同化させるスタンスではなく、俯瞰的に違いを理解して伝えていくことが大切だと思います。
ー今日はお忙しい中、本当にありがとうございました。
CQラボでは定期的に個人向けに公開ワークショップ(CQ養成講座入門コース・実践コース、ホフステードCWQ認定アソシエイトコースの3種類)を開催しています。
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