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Jon Batisteの快挙とバウンス史

「Rolling Stone Japan」のWeb版で公開された「ジョン・バティステ徹底検証 グラミー5冠の意義、音楽家としてのポテンシャルを紐解く」というインタビュー記事の構成を担当しました。

今年のグラミー賞で最多となる5冠を獲得したルイジアナのアーティスト、Jon Batisteについてジャズ評論家の柳樂光隆さんが語るものとなっています。記事ではそのキャリアの歩みやジャンルを越境する音楽性、Beyoncéとの共通点など多角的な視点でJon Batisteの魅力を紐解いています。

Jon Batisteが昨年リリースしたアルバム「WE ARE」については以前レビューも書きました。このレビューでも触れましたが、Jon BatisteはルイジアナのGラップやバウンスの要素も入れてくるアーティストです。今回構成を担当した記事でもその話題があり、私も少し話しています。

Cash MoneyNo Limitなどの作品で聴けるような手数の多い808を使ったビートもバウンスと呼ぶことがあり、このブログでも何の説明もない場合はバウンスというとそちらを指していますが、Jon Batiste記事で触れているバウンスはそれとは少し違うヒップホップのサブジャンルのことを指しています。ラップというよりコール&レスポンス的な短いフレーズの繰り返しが目立つヴォーカルスタイルや、セカンドラインの影響下にある808の連打などが特徴です。The ShowboysというNYのラップグループが1986年にリリースしたシングル「Drag Rap」が定番ネタとして使われ、Jon Batiste記事でも触れていますがかなり多くの曲で取り入れられています。

Jon Batiste記事ではBig Freediaが手掛けた収録曲「FREEDOM」のバウンスリミックスについて話していますが、同曲には原曲の時点で既にバウンス好きの方にはわかる要素が入っていました。例えば歌詞には「Let me see you wobble」「Let me see you shake」というフレーズが登場しますが、この「wobble」「shake」はバウンスで定番のフレーズです。「Shake, Twerk & Wobble」というタイトルのコンピレーション・シリーズもあります。

このtwerk《トゥワーク》はバウンス発と言われるお尻を振るダンスの名前です。グラミー賞の最優秀ミュージック・ビデオ部門を獲得した「FREEDOM」のMVでは、件のフレーズが出てくる時にJon Batsiteも自らトゥワークを踊っています。歌詞と映像をあわせると「shake(震わせる)」、「twerk」、「wobble(揺らす)」の全てが揃っており、Jon Batisteのバウンス愛が伝わってきます。

というわけで今回は、そんなバウンスの歴史をおさらいしていきます。なお、この記事での「バウンス」はJon Batiste記事と同じく、Cash Money/No Limitタイプのビートではないバウンスを指します。プレイリストも制作したので、あわせて是非。



バウンスの誕生と浸透

バウンス前夜の一曲としては、Gregory DMannie Freshが1989年にリリースしたシングル「Buck Jump Time」が挙げられます。セカンドラインのドラムを808で置き換えた同曲はまだ「Drag Rap」ネタは使われていませんが、コール&レスポンスを用いたヴォーカルの乗せ方は後に繋がるものを発見できます。

そしてその後、1991年にはMC T. TuckerDJ Irvが「Drag Rap」ネタの重要曲「Where Dey At?」をリリース。同曲のローカルヒットからDJ JimiDJ Jubileeなど多くのアーティストが「Drag Rap」ネタを使った曲をリリースし、バウンスはニューオーリンズに定着していきました。「Buck Jump Time」を生んだMannie Freshも「Drag Rap」ネタのバウンスに挑戦。1996年にはMagnolia ShortyのEP「Monkey On Tha D$ck」をプロデュースし、後にDrakeなども使うタイトル曲などの名曲を生み出しました。

こうしてニューオーリンズのスタイルとなったバウンス。1990年代半ば頃からはNo LimitとCash Moneyという二大レーベルがブレイクを掴み、(ストレートなバウンスよりは通常のヒップホップ寄りのものが多かったですが)メインストリームにもそのサウンドを運んでいきました。

ニューオーリンズから始まったバウンスですが、その影響は徐々に他エリアでも見られるようになっていきました。Cash Money勢との交流もあったメンフィスのThree 6 Mafiaは、1990年代からたびたび「Drag Rap」ネタの曲を発表。その試みはアトランタのLil Jonに引き継がれ、Lil Jonが牽引したムーブメント「クランク」にもバウンスの要素が受け継がれていきました。

Lil Jon & East Side Boyzの2000年作「We Still Crunk!!」と2001年作「Put Yo Hood Up」に収録された「Bounce Dat」は、タイトルだけではなく曲でもバウンスの要素をはっきりと感じることができます。

Ying Yang Twinsが2002年に放ったクランク名曲「Salt Shaker」のフックのフレーズも、MC T. Tucker & DJ Irv「Where Dey At?」の引用です。ニューオーリンズからも、2004年には「Drag Rap」の声ネタを使ったUTPのシングル「Nolia Clap」がヒット。ストレートなバウンスが目立つことはあまりありませんでしたが、その要素は分解されてメインストリームにも忍び込んでいました。


ヒップホップを飛び越えて広がる影響

2006年には、後にBig Freediaの声ネタをサンプリングするBeyoncéもバウンス的な曲「Get Me Bodied」を発表します。アルバム「B' Day」に収録された同曲は、「Drag Rap」ネタこそ使っていませんがリズムも声の使い方も紛れもなくバウンスのそれです。

Beyoncé「Got Me Bodied」は最初からバウンスの要素を持ったR&Bですが、既存のR&Bヒットのバウンスリミックスも盛んに作られるようになっていきました。DJ Blaq N MildB. Fordといったバウンス職人たちがブートレグを多く発表し、「R&Bバウンス」と呼ばれる作風を定着させていきました。

「Shake, Twerk & Wobble」にもR&Bバウンス系の曲が収録されています。そしてJon Batisteの記事でも指摘されているように、ニューオーリンズではGalacticのようなバンドやTrombone Shortyなどのミュージシャンもバウンスの要素を導入する例が増加。メインストリームを巻き込んだ大きなトレンドにはならなかったものの、ローカルではユニークな広がり方をしていきました。

2010年頃には、Galacticのアルバム「Ya-Ka-May」にも参加していたLGBTQのアーティスト、Big FreediaとKatey RedSissy Nobbyが一部で注目を集めていきます。バウンスではこの三人のようにLGBTQのアーティストが多く活躍しており、ヒップホップにおけるダイバーシティの例としてもバウンスのシーンが語られる機会が増えていきました。この三人の中でも人気が広がったのがBig Freediaで、Matt and Kimとのツアーなど多方面で活躍していきました。

こうしてじわじわと人気を広めていったバウンス。そしてニューオーリンズを訪れたDiploがその熱気に魅せられ、2012年のシングル「Express Yourself」でバウンスに挑戦します。同曲は大きな話題を呼び、この後にT.I.のシングル「Ball」などメインストリームでもバウンスの曲が登場。また、Lil Bもミックステープでたびたびバウンスに挑んでおり、バウンスがついにトレンドとして世界に広く知れ渡っていきました。


2010年代後半から再び加熱

トレンドとしてのバウンスは長くは続きませんでしたが、2016年にはPJ MortonがブートレグではないR&Bバウンス作品「Bounce & Soul, Vol. 1」をリリースするなど、ニューオーリンズでのバウンス熱が冷めることはありませんでした。そして、トレンドとして消費されて終わるのではなくずっと根付いていたバウンスは、2010年代後半に再びメインストリームに浮上します。

Cash Moneyに所属する現代のスーパースター、Drakeは2018年に「Nice For What」「In My Feelings」でバウンスに挑戦しました。この二曲にはBlaqNmilDも参加。「Nice For What」では5th Ward WeebieとBig Freediaも声を添え、「In My Feelings」ではMagnolia Shortyの声ネタをサンプリングしています。また、「In My Feelings」に参加していたフロリダのラップデュオのCity Girlsもシングル「Twerk」Cardi Bと共にバウンスを披露。バウンスに再び光が当たりました。

また、2018年にはBeyoncéのコーチェラ出演、通称「Beychella」もありました。ライブアルバム「HOMECOMING: THE LIVE ALBUM」でも聴ける同公演では、「Before I Let Go」でDJ Jubilee「Get Ready, Ready!」を引用。元々バウンス的だった「Get Me Bodied」や、Big Freediaの声ネタをサンプリングした「Formation」も披露しました。

City Girlsは以降もバウンスにたびたび挑んでおり、Quality Controlの2019年のコンピ―ション「Quality Control: Control The Streets Volume 2」収録の「Leave Em Alone」でもCity Girlsが登場するとバウンスの要素が入ってきます。そのほかLizzoも2019年のアルバム「Cuz I Love You」収録の「Soulmate」でバウンスに挑戦。そして2021年にはJon Batisteが「FREEDOM」でバウンスの要素を導入しました。

ニューオーリンズから始まり、女性やLGBTQのアーティストも含む多くの先人の試みによって全米に広まり、現在まで繋がっていったバウンス。その要素を受け継いだJon Batisteがグラミー賞で高く評価されたことは、バウンスにとっても大きな出来事です。また、先日もMannie FreshがBig FreediaとGalactic、Dee-1と共にシングル「Act Like You Know」をリリースしていました。クロスオーバーが進むバウンスのシーンからは、これからも多くのユニークな音楽が生まれていくでしょう。


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