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オートチューンはいつ「ロボ声」ではなくなったのか?

VTuberの温泉マークがリリースしたシングル「ナイチュー!/幽霊る」のプレスリリース文章を担当しました。各種配信サイトで聴ける・ダウンロードできます。

VTuberの温泉マークは4月20日(木)、2曲入りシングル「ナイチュー!/幽霊る」をリリースした。

2021年から活動を始めた温泉マークは、声にオートチューンをかけながらゲームや楽曲制作の実況を行っているVTuber。偶発的に生まれるユーモラスなオートチューンの効果が話題を集め、先月3月25日に東京・WALL&WALLで行われた,ζ,”⊃恋呂百花 a.k.a 木下百花主催のイベント「crush」ではオープニング・ゲーム実況を務めた。YouTubeチャンネルでの実況だけではなく音楽活動も行っており、2021年にはライブ配信時の待機画面で流れる楽曲「待機のうた」などのシングルをリリース。その後もライブ配信をしながら制作したアルバム「冬​の​お​と​ず​れ GREATEST HITS 2021​.​11​.​20​〜​2021​.​11​.​20」のほか、シングル「これはおんがくのうた」などをリリースしている。

今回リリースする2曲のシングルは、プロゲーミングチームのHYG'に所属するアーティストのIchiro Fujimotoとのコラボレーションとなる。Ichiro Fujimotoの「オートチューンをかけてゲーム実況するVTuberは面白いに決まっている」という直感が働いたことから今回のコラボレーションに繋がったそうだ。Ichiro Fujimotoは「土の柔らかさと鉄の硬さ」、温泉マークは「オートチューンと踊るペットボトル」 をコンセプトに据えて制作したという。「ナイチュー!」は温泉マークのオートチューン実況中に生まれた名場面の声をサンプリングし、サックスなどの音を用いたトラップビートに組み込んだもの。タイトルの「ナイチュー」とは温泉マークの実況時にオートチューンが強くかかった際に視聴者が用いる言葉で、温泉マークの実況者としての側面が強く表れた楽曲となっている。「幽霊る」はUKドリルやジャージークラブの要素を取り入れたエレクトロニックなビートで、温泉マークがクラブの様子を描写するリリックを歌い上げた一曲。こちらは温泉マークのアーティストとしての側面が感じられる楽曲だ。

ミックスとマスタリングはK/Inada(ミライノオンガク)が担当。アートワークはレコードディグ漫画「ディグインザディガー」などで知られるイラストレーターの駒澤零が手掛けた。


1. ナイチュー!
2. 幽霊る


温泉マークは常にオートチューンをかけていますが、特にゲーム実況でミスをした際やスリリングな場面での絶叫でオートチューンが強くかかります。「ナイチュー」が生まれるのもそういった時が多いです。

オートチューンは「ロボ声」と紹介されることが多いですが、温泉マークのオートチューンにはロボットっぽさは希薄です。ロボットのように非感情的な表現ではなく、むしろ落胆や悔恨といった感情を増幅する装置としてオートチューンが働いています。この「感情の増幅」というオートチューンの効果は温泉マークに限ったことではなく、例えばLil Uzi VertJuice WRLDなどの曲でも発見できます。こういったアーティストのスタイルは「エモラップ」と呼ばれることが多いことからも伺えるように、オートチューンはもはや非感情的な「ロボット」ではなく「エモーショナル」なものとして定着しているのです。

しかし、オートチューンが「ロボット」だった時期は確実にありました。例えば史上初のオートチューン使用例として知られるCherの1998年のシングル「Believe」のMVを見てみると、電源の入っていないロボットのように静止した主役の目が光ってから動き出すという演出になっています。これはオートチューンの響きに機械的なものを見出し、主役をロボットに見立てたような表現だと言えるでしょう。

「Believe」の後のオートチューン使用例としては、Jennifer Lopezが1999年にリリースしたシングル「If You Had My Love」Dark Childによるリミックスが挙げられます。同曲のMVはパソコンを通してJennifer Lopezを見るというもので、ロボットではないもののテクノロジーが大きくフィーチャーされています。これもオートチューンに機械的な匂いを読み取った例と言えると思います。2000年には、Daft Punkがオートチューンの歌を大きく取り入れた名曲One More Timeをリリース。Daft Punkもかなりロボット的なビジュアルイメージを多用しており、ここでのオートチューンも「ロボ声」としてのものです。

そして2005年、T-Painがシングル「I'm Sprung」をヒットさせてオートチューンへの注目を高めました。先述したJennier Lopezの曲でオートチューンを知ったT-Painですが、その使用のきっかけはBlacksteetの曲「Deep」のビートジャック制作だったといいます。同曲はTeddy Rileyによるトークボックスをフィーチャーしており、T-Painはそれに似た響きを持つものとしてオートチューンを使ったことが伺えます。

T-Painは自身のスタイルについてTeddy RileyとRoger Troutmanからの影響を語っており、トークボックスとオートチューンの間に共通点を見出していたことは明らかです。また、「I'm Sprung」のヒット後に増えた客演仕事についても、XzibitE-40のような西海岸ヒップホップ文脈での作品が目立ちます。西海岸で盛んなGファンクではRoger Troutman率いるZappネタが好んで使われており、2Pacの名曲California Loveのようにトークボックスを導入した曲も多いです。そんなシーンでのT-Pain人気の高まりは、やはりオートチューンがトークボックスと近い性質のものとして受容されていたことが影響しているのではないでしょうか。ZappはComputer Loveというタイトルの曲を発表しており、やはり「ロボ声」としてトークボックスを使っていました。そこから影響を受け、受容面でも近かったこの時点でのオートチューンは紛れもなく「ロボ声」だったと言えると思います。

「I'm Sprung」で人気を高めたT-Painでしたが、この時点ではオートチューンはまだT-Painのトレードマーク以上のものにはなりませんでした。状況が変わったのは2007年からで、T-PainがリリースしたシングルBuy U a Drank (Shawty Snappin')の大ヒットが着火点となりました。同曲の後、Snoop DoggLil Wayneなど他アーティストによるオートチューン使用例が急増。2008年にはKanye Westがアルバム「808s & Heartbreak」でオートチューンを多用し、大きな話題を集めました。

Snoop Doggのオートチューン使用曲「Sexual Eruption」のMVはZappオマージュであり、「808s & Heartbreak」にもRoboCopというロボットがリリックに出てくる曲が収録されています。この時点でのオートチューンもやはり「ロボ声」としての受容であり、KRS-OneBuckshotによるオートチューン流行批判曲Robotもタイトル通りロボットに見立てたものでした。その点、「Robot」よりも広く知られているJay-Zによる2009年のオートチューン流行批判曲D.O.A. (Death of Auto-Tune)は少し奇妙な曲です。「オートチューンの死」をタイトルに掲げて全ヴァースを「これはオートチューンの死。黙祷」で締めるその姿勢は、ロボット的なイメージの強いオートチューンを「人間」として扱っているようなものです。

ここで「D.O.A. (Death of Auto-Tune)」と並んで注目すべきなのが、Lil Wayneのオートチューンの使い方です。Shawty Loが2007年にリリースしたシングル「Dey Know」のリミックスでオートチューンを初披露したLil Wayneですが、その使い方はT-PainやKanye Westのそれとは異なり、必ずしもメロディアスなアプローチを補助するものではありません。機械的なイメージもほぼなく、かなり現代のオートチューンの使い方と近いものがあります。T-Painが2008年に発表したオートチューン流行批判曲KaraokeでLil Wayneの名前がKanye Westと共に「クールなヤツ」として挙がっているのも、それが完全なる模倣ではなく異なる使い方だからなのではないでしょうか。また、「D.O.A. (Death of Auto-Tune)」でも「この曲をミックステープのWeezy(Lil Wayneの愛称)に送ろうかな」というラインが登場します。Lil Wayneのオートチューンが、別格のものとして受容されていたことがここからも伺えます。

2010年代に入ると、客演したYCのシングルRacksのヒットなどによりFutureが本格的にブレイクを掴んでいきます。Futureのオートチューンの使い方もLil Wayneと同様、メロディの有無に関係ないものです。さらにFutureの場合はLil Wayne以上に歌とラップを分けないようなスタイルで、ポップさを狙わないような路線でもオートチューンを積極的に使います。2014年にはT-PainがFutureについて「オートチューンの使い方をわかっていない」と話していましたが、これはFutureがT-Pain的な使い方とは異なる使い方を開拓したことを示しています。Futureはロボット的なイメージも薄く、現代のヒップホップにおけるオートチューンのあり方を確立した一人だと言えるでしょう。

非ヒップホップ文脈では先述したCherやDaft Punkのほか、Radioheadなども早くからオートチューンを使っていました。2009年にはBon IverがEP「Blood Bank」収録の「Woods」でオートチューンを大胆に使用。ここでのBon Iverによるオートチューンの使い方もロボ感は希薄で、後のエモラップと同じく「感情を増幅する装置」としてオートチューンが使われています。同曲は後にKanye Westにも取り上げられ、Bon Iverはヒップホップシーンに合流していきました。

こうしてT-Pain的ではないオートチューンの使い方・受容が広まっていき、2010年代後半にはLil Uzi Vertの「XO Tour Llif3」XXXTENTACIONFuck Loveのような曲が登場。これらの曲でのオートチューンはロボット的なものではなく、感情が弾けるような人間味溢れるものです。振り返ってみると「D.O.A. (Death of Auto-Tune)」以降に人間臭さが目立つようになっており、皮肉にも「死んだ」からこそ「生きている」ものになったようにも見えます。

そして2021年には温泉マークが活動を開始。オートチューンが絶叫にかかることで、偶発的な面白さを生み出しました。今回リリースした「ナイチュー!」は、さらにその「狙わない面白さ」を「狙って」サンプリングして曲を作るという捻じれた構造になっています。このように人々の創造性をサポートし続けたオートチューンは、これからもきっと多くの新しいものを生み出していくでしょう。その過程でどのようにイメージが変化していくのか、これからも要注目です。

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