
筆者自身が体験してアクションに繋がったマーケティング施策 「スターバックスリワード」- 企業のロイヤルティプログラムが陥りやすい課題と改善案
前回の記事はこちらから↓
成果:継続来店-アップ&クロスセル
スターバックスリワードは、スターバックスコーヒーが展開するロイヤルティプログラムです。
ロイヤルティープログラムとは、自社やブランドの優良顧客(ロイヤルカスタマー)に向け、特典を提供するサービスのこと。
店舗やECでの購入金額や購入回数などに応じてポイントなどのリワード(報酬)を付与し、次回以降の購入時の値引きや割引クーポンといった“お得”な特典と交換できる施策が一般的だ。ためたポイントに応じて会員をランク分けし、ポイントの還元率や付加サービスに差を付ける企業も多い。
ロイヤルティープログラムの主な目的は、顧客との中長期的な関係性を構築し、LTVを拡大すること。その一方で、近年浮かび上がっているのが「ロイヤルティープログラムは本当にLTVの拡大に効果的なのか」という疑念だ。
上記記事の通り、ロイヤルティプログラムは顧客との中長期的な関係構築やLTVの拡大、つまりは企業に対して愛着を感じてもらって、購入単価や購買頻度や継続期間を引き上げることを目的とされます。
しかし世の中に多くのロイヤルティプログラムが存在するなかで、消費者側の時点でそのマーケティング施策によってLTVの向上に繋がったと感じられた体験は、今回ご紹介するスタバの事例以外は正直言ってありません。
それだけロイヤルティプログラムは正しい方向性でしっかり取り組まないと成果に結びつかないものであり、得てして企業側の自己満足に終わりやすい難しい施策だと思います。
スターバックスリワードによって、私自身もそれが「継続してお店に来店する動機」になり、ポイントを貯めるために「自身の購買単価もあがった」と感じたので、その成功要因を紹介するとともに更なる改善案も合わせてお伝えします。
- 要因①デジタルで完結可能
スターバックスリワードの大前提となる成功要因は、ポイントの付与から決済に至るまで、すべてがスマホのアプリ上で完結できる点です。

ロイヤルティプログラムを導入する大半の企業が陥りやすい顧客とのずれが、ポイントカードを紙で発行してしまうことにあります。
私自身も小規模のカフェで紙のポイントカードを始めようと思ったことがありますが、アプリの開発には相当なコストがかかりますし、企業担当者の視点だと紙の方が試験的に導入しやすく、決裁をとるための市場調査としてテスト的に行われるケースもよくあります。
しかしキャッシュレス化が進む今の時代、常に携帯しなければならない紙のカードというのは顧客視点では邪魔でしかないので、その試験的な導入でさえかなり危険な可能性を孕んでいます。
お店への来店というのは思いついたときにふらっと行く場合もあるので、その際にポイントカードを持っていなければポイント分「損をした」気になってしまいます。それだけで収まればまだ良いですが、私の経験としてはポイントカードを忘れたことが原因でお店に行かなかったこともあるので、そうなってしまうともはや本末転倒です。


上記調査にもある通り、大半の人はスマホよりも紙の方が煩わしく感じるため、それでも紙のカードを保有するというのは、その時点で企業やそのカード自体に対して相当な愛着がないと厳しいはずです。
「ポイントが貰えるから良いでしょ」と担当者側の視点のままでいると忘れがちになりますが、やはり「デジタルでの完結」というのはロイヤルティプログラムを成功させるうえでの大前提となる事項であり、その基盤構築にコストを投じれないのであれば、施策の方向性自体を見直した方が良いように思います。
- 要因②リターンが顧客にとって適切
ここまでは基本のキとなる話をしましたが、ロイヤルティプログラムにおいては「何をリターンとして設定するのか」という論点も重要なものであり、スターバックスリワードではそのリターン設定が適切だと感じました。


そもそもリターンの種類については上記画像の通り、割引などの「金銭的価値」や、先行予約サービスなどの「利便的価値」、オリジナルの商品・サービスなどの「心理的価値」があります。
このうち多くの企業は、1pt=1円や20スタンプで500円割引などの「金銭的」なベネフィットを提供しようとするケースが多くみられますが、それで完結してしまうのであれば楽天やVポイントなど他社のポイントプログラムに乗っかるだけで十分であり、金銭的な対価だけでは顧客のロイヤルティには繋がらないと個人的に思います。
企業側が想像している以上に、顧客は心理的なつながりを求めているのであり、そういった感情を顧客が持つ機会がないのであれば、ロイヤルティプログラムとは根本的に相性が悪いと考えます。
もちろんスターバックスでも、一定のポイントでドリンクやフードチケットといった金銭的な報酬と交換する機能はありますが、筆者がリターンとして良いと感じたのはそれらではなく、スターバックスリワード限定のオリジナルグッズです。


こういったオリジナルグッズを所有したくなるというのは、日頃の適切なブランディングの賜物であり、自社のターゲット層にあったグッズセンスというのも同時に欠けてはならない要素です。
上記以外にもトートバッグやIDカードホルダーもありますが、私の場合は持ち運ぶのが恥ずかしくて室内で使えるような(=仲の良い友人などが家に遊びにきたときに自慢できる)これらの商品に惹かれました。デザイン自体はいずれも素敵なものばかりですので、私よりもロイヤルティが高い顧客にとっては、それらの商品も十分素敵な選択肢になりうるように思います。
こういった現状のグッズ展開だけでなく、スターバックスであれば「これらの商品にとどまらず他のオリジナルグッズも定期的にリリースしてくれるだろう」という日頃の信頼があるからこそ、ロイヤルティプログラムに参加するモチベーションや期待感をもてるのだと感じます。
以上をまとめると、ロイヤルティプログラムというのは金銭的な対価をただ提示すれば良いという訳ではなく、心理的なベネフィットを感じてもらえるような日頃の継続した顧客とのコミニュケーションと、そこで培ったブランディングをバネにできるようなリワード設定の企画力が求められると言えるでしょう。
- 要因③承認欲求を満たせるUI/UX
先にご紹介したオリジナルグッズしかり、ロイヤルティプログラムでは顧客との心理的な繋がりが重要であり、そこには承認欲求的な感情も含まれていると感じます。

2013年の古い記事ではありますが、人々が「ドトールなう」よりも「スタバなう」の方がつぶやきたくなる気持ちは体感として今も変わっておらず、スターバックスは企業として顧客の承認欲求を刺激するのが上手いのだと思います。
それは今回のスターバックスリワードの施策においても同様で、アプリ自体のUI/UXも人に自慢したくなる(しやすい)ようなデザインになっていると個人的に感じます。


大半の企業では「どれだけポイントが貯まっているかという数字さえ見れればそれで問題ない」と言わんばかりのデザインになっているケースが散見されますが、とくに私も含め今の20代はSNSにアップしたり友達にぱっとスマホの画面をみせたりして自慢することが多々あるので、そのときに微妙な見た目だと中々そうは思えません。

微妙な事例としてだすのは申し訳ないですが、上記はヨドバシカメラのゴールドポイントのアプリ画面です。先程のスタバの画像と見比べても、フォントや色使い、ポイントではなくStarsや星マークといった表現、保有状況の可視化など、様々な相違点があるように思います。
ただし見落としがちな観点としてあるのが、UI/UXだけ綺麗にしても世界観に一貫性がなければ意味がないということです。仮にヨドバシカメラがスターバックスの画面をそっくりそのまま真似したとしても顧客の反応は突然大きくは変わらないでしょう。
デザインというのはその企業のブランドが定まっていてこその手段であり、日頃のブランディングと交えて「合わせ技一本」でようやく効果がでるものなので、そういった意味でも人々の承認欲求を刺激するというのはかなり難しい芸当なのです。
スターバックスではUI/UXに関して、顧客へのメッセージをデータ起点で研究を重ねているため、ポイント画面についてもそういったフィードバックを上手く活用しているのだと思います。
スターバックス リワードの会員数が増え、データが貯まってきたタイミングで「どういう嗜好のお客様がどういう情報に反応してくださるのか」という検証を重ね始めました。
エスプレッソドリンクを頼まれるお客様とフラペチーノを頼まれるお客様では、心地よく受け取っていただける情報が異なるからです。検証によってお客様の傾向が見えてきたので、それを基にMAのシナリオを作成していきました。

改善案:ランク階層の深化
これまではスターバックスリワードが実際の成果に繋がった成功要因をお伝えしてきましたが、その一方で私自身が顧客として感じている改善点も勿論ありますので、それについて最後まとめたいと思います。
結論からお伝えすると、スターバックスリワードはもう一段階二段階高いロイヤルティランクを設定しても良いのではないかと思っています。
- なぜ顧客を細分化するか
ロイヤルティプログラムで論点になるのは「顧客をどこまで細分化してランク分けを設定するのか」という点です。不用意に階層化しすぎても企業側の負担が煩雑になるだけで期待するほどの効果は得られないですが、ざっくりとしすぎるのもそれはそれで問題があります。

先程の画像でもお見せした通り、現状の会員ランクは「Green会員」と「Gold会員」の二つだけです。購入金額54円(税込)ごとに1Starsが付与されるので、Gold会員に必要な250Starsには13,500円の利用が必要ということになります。
「普通のコーヒーチェーンは『コーヒー1杯にサンドイッチやスコーンなどのサイドメニューを1つ頼む』という客層をメインとして狙っており、客単価もそれに沿った額になるのが一般的。
ドトールやスタバはこのビジネスモデルになっており、ドトールだと高くても客単価は500円ほど、スタバだと1000円前後が相場ですね。
スターバックスの1来店あたりの客単価は、上記記事ではおよそ1,000円前後と言われており、実際筆者自身の場合も、ホットコーヒーTall420円+ワンモアコーヒー130円+フード500円前後(=1,030円前後)がよくある利用ケースなので実態に近いと感じます。
利用用途についても勉強や作業目的がほとんどであり、習慣づける必要があることから最低週1回は来店しているので、単純計算で3ヶ月程度あればGoldに到達することになります。
このスターバックスリワードを利用し始める際に真っ先に感じたのは、Gold会員になった途端にポイントを貯めるモチベーションがなくなってしまうのではないかということです。
- 具体的にどこまで細分化するのか
担当者の方々も考えていないことはないと思いますが、スターバックスのファン層を考えると個人的な感覚としては、Platina会員やBlack会員など最低でもあと1-2階層はほしいところです。
具体的な設定案としては、たとえばPlatinaが1,000Stars、Blackが3,000Starsなどが考えられます。前者であれば54,000円(年換算だと月4,500円)後者であれば162,000円(年換算だと月13,500円)の利用で到達しますので、私の利用ケースで想定してもぎりぎりPlatinaに到達するかどうかのラインになり更にその先のBlackもありますので、顧客のモチベーションとしてはちょうど良いように思います。
- 簡単なフェルミ推定で分布を仮説立て
リワード会員になれば、購入金額に応じて「Star」が付与され、それをためることでドリンク、フード、コーヒー豆などの商品と交換できる。
会員数は17年から22年にかけて6.7倍に増え、1100万人が登録している。
企業の視点だと施策検証の観点で、顧客ランクを分けた後にそれらがどのような分布になるのか想定しておく必要があります。前提となる会員数は、上記記事より保守的に22年から伸びが落ち着いたとみて24年現在では会員数1,200万人とし、売上高の総計は年間約2,000億円前後と仮定して簡単に計算してみます。

→上段の「変更前」より、下段では「変更後」として
PlatinaとBlackの2ランクを追加
外国人観光客やそもそも会員になっていない利用も大多数あると思いますので正確な数字は読めませんが、2対8の割合で諸々分布する想定で2,000億の売上から逆算すると上記のようなシミュレーション結果になりました。
1来店あたりの金額を上位ランクについてはかなり高額に設定していますが、これはコーヒー豆やマグなどその他の商品購入が多いことを想定しています。来店頻度についてもロイヤルティが高いほど多くなると考えられるので一定の傾斜を感覚で入力しています。
仮にGoldランク以上の240万人の会員がこのロイヤルティプログラムの改変により、アップセル/クロスセルが促進され1%の売上増になるのであれば、それだけで年間1.7億円程度の増加につながります。
数字の正確性も勿論重要ですが、それ以上に大切なのが上記のようなかたちで具体的に各ランクの分布を事前に仮説立てておくことです。マーケティングの成果を検証するうえでもこれらの数字をもとに実際の結果と比較し、PDCAをまわすことで精度を徐々にあげていくことができるはずです。
- ランク毎のリターン案(利用者視点)
ここからは利用者である私の視点で、実際に新たに設置した方が良いと思うリターン案をあげていきます。前章まででランク毎の分布が想定できていれば、設定案もより具体的でリアルなものに落とし込みやすいのではないかと思います。
①Platina向け
・必要Stars数の多いオリジナルグッズの追加
→プレートセット
→Tシャツ、パーカー
→各店舗の「大人のレゴ」
②Black向け
・商品開発時点のテストマーケティングの参加機会
・店舗の改善点ヒアリング調査の参加機会
①については、本記事「要因②」の文脈でもお伝えしたオリジナルグッズを更に開発していくことを一つの案として挙げています。
先のシミュレーション結果だと、Platina会員だけでも48万人、Platinaになる可能性の高いGold会員180万人も含めると228万人ほどの人数になりますので、ある程度ボリュームのとれる施策でないといけない想定でいます。
オリジナルグッズについては現状小物が中心の5品前後のラインナップですが、交換に必要となるStars数を多くすればもう少し高価なものも設定可能なため、より多くの商品を追加することができるのではないでしょうか。
たとえば、プレートセットであったり、Tシャツやパーカーといった洋服系、先程ご紹介したミニチュアセットの強化型としてスタバ限定の大人のレゴというのもあったら欲しいなと思います。

スターバックスの店舗は各県によって見た目が異なり建築物としてもかなりクオリティの高いものが多いので、こういった大人のレゴを店舗ごとに用意できるとマニアとしては収集しがいがあるのではないでしょうか。
次に②の案ですが、先程の分布でも計算した通りBlack会員というのはかなり高額な金額を年間で利用する上位1%のスタバマニアであり、会員数としても全国で12万人程度しかいない限られた母集団です。
そういった方々についてはロイヤルティの高さから、より強く企業との関わりを求めると想定されるため、オリジナルグッズのような「モノ」よりも「コト」にシフトしたリワードを検討した方が良いと考えます。
私自身の実体験でも思うのが、上位層の顧客になるほど好きなものに対しては、その企業やお店の発展を心から願っているケースが多く、自分たちもそのために出来ることを何でもしたいという気持ちになりやすいように感じます。
だからこそテストマーケティングなどのかたちで次回リリース検討中の新作案の各商品に対する意見をアンケート調査で求めたり、各店舗の改善点を1対1のヒアリング調査で聞いたりするような、体験型のリワードがより刺さるのではないかと思います。
報酬というと明確なベネフィットを設定しがちですが、自分のアクションのおかげでその企業やお店の発展に貢献できるという体験も、一歩間違えばただの労働にしかならないので注意が必要ですが、うまく活用することで何にも変え難い経験へと昇華できるはずです。

今回のプロジェクトでは、五島の未利用魚を使った商品開発に挑みました。6900万人超のT会員から選ばれた、‟とびきり魚介好きで食にこだわりのある”12名が消費者代表として参加し、現地の漁師や水産加工業者、流通、シェフといっしょに商品のアイディアを出し合いました。
最近Vポイントに改変したTカードでも、約7,000万人の会員から12名という選りすぐりの消費者代表を選出し、彼らと一緒に商品開発を実施した事例もあります。
もちろん上位層が考えるアイデアが下位層であるマジョリティに刺さるのかという観点や、素人である消費者が商品開発に参加するというのはハードルが高く似て非なるものという考えもあるかもしれませんが、一つのリワードとして割り切ってプロジェクト化するのも商品ラインとしては面白いと思います。
そこでできた商品やサービスについても、別の会員から定量・定性的なフィードバックをもらえば、より精度の高い施策に繋がるとともに、それもまた「コト」のリワードとして魅力的な循環になるのではないでしょうか。
まとめ
ロイヤルティプログラムは奥が深い施策です。成功事例となる企業は圧倒的に少ないからこそ、実際にそれを体験する消費者の声がとても重要なものになってきます。
その声にちゃんと耳を傾けて正確なニーズを把握することで、より精度の高いマーケティング施策に昇華することができるのではないでしょうか。その一助として今回の記事が少しでも貢献できれば幸いです。