悲劇的結末だが温かい希望の物語「レオポルトシュタット」
2022/10/18 新国立劇場 演劇「レオポルトシュタット」観劇。
ときは19世紀終わりから20世紀の半ば。ウィーンを舞台にしたユダヤ人一族の物語。
スター・ウォーズやインディージョーンズも手がけたという劇作家トム・ストッパード、80歳を超えて「これが最後かも」とされる作品。なのに、どうしてこんなに暗い物語を選んだのでしょうか?
悲劇的ユダヤ人の物語
何百年もの間、迫害され続けてきたユダヤ人ですが、その中でも本作が取り上げた「19世紀末から20世紀にかけて」ウィーンに住んだ一族には過酷な運命が待ち構えていました。
その「悲劇的結末」を観客席の人間は皆、知っています。
幸せを求めて暮らす一族、祖母から父、息子、孫、と世代が進むにつれて深まる戦争と政治的混乱。そしてナチスドイツの登場。じわじわ迫る不幸の足音に、観ているこちらの胸が苦しくなります。
ラストシーン。
女優さんの一人が涙を流されていました。設定上、その女優さんは先の不幸を知らないはずであり、ここで泣くのはおかしい。でもその家族に感情移入してしまったのでしょう。その心情、痛いほどわかる。
コロナにウクライナ情勢。私たちの周りにも胸を痛めるニュースや溜め息つくような出来事がたくさんあります。でもね、それどころじゃないんですよ、彼らを襲ったこの運命は。
オープニング、小さな子どもがクリスマスツリーの頂上にダビデの星を飾ろうとしますが、周りの大人が慌てて止めます。
「ねえ、どうしてダメなの?」
トム・ストッパードの教養と実力
今回の舞台、コロナ禍で稽古などで「リモート」が多用された模様です。
世界で巡回公演中ですが、脚本が改定に次ぐ改訂でどんどん短くなっているのだとか。もしかしたらそれも「コロナ対応」なのかもしれません。オンライン・youtube世代は短時間しか集中できないですからね。また作家トムと日本サイドとの間でもかなりメールでやりとりが行われたそうです。これもまたオンライン化の流れなのでしょうか。
この複雑な物語をコロナ禍の日本で舞台にした演出家・翻訳・出演者の皆さん、本当にお疲れさまでした。すごくいい舞台でした。悲惨な物語の中にみえる一筋の希望。彼らは守りたいものを守れなかったけれど、大切のものを後世に遺してくれました。一族末裔のトムがこれを書き、日本人の私たちに届けてくれたことに感謝します。
すぐに結果が出なくても、「やるべきことをやろう」という前向きな気持ちになれました。
そして。
私も歴史物語を執筆させてもらっている人間として、、、
トム・ストッパード、本当にすごい。カッコいい。
クリムトの絵画をモチーフに用いる構成、心理学のフロイト、音楽のシェーンベルクにマーラーなどをさりげなくセリフに織り込める教養とセンス。脱帽です。感心を通り越してワクワクしてしまいました。劇を観た後ですが戯曲本を買いました。これから読みます。そしたらまた観に行ってしまうかもしれない。嗚呼、自分の仕事が進まない。
トム・クルーズもいいですが、それとはちがったかたちで「前向き」になりたい方、こちらのトムへどうぞ。
新国立劇場「レオポルトシュタット」
2022年10月31日まで上演中