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「超わかりやすい起業とお金 カイケイシタイヨウ」 第1話 起業編

0.あらすじ

「大谷じゃない?」たまたま参加した異業種交流会で再会した僕(大谷)と高校時代のサッカー部の先輩タイヨウ。タイヨウは公認会計士・税理士として活躍していた。
ひょんな流れからタイヨウに起業の思いを打ち明けた僕は、タイヨウから起業の方法やその後の「お金」のことを教わることに。時にはカフェ、時には居酒屋で、会計税務の専門家視点から軽快に語られる起業の「守り方」。ぼんやりしていた未来が拓け、道筋が見え、一気に加速していく僕の人生。そして、タイヨウの「想い」とは。


1.偶然の再会


「混んでるなぁ。」
思わずボソッとつぶやいてしまった。
休日のお台場は雨でも人で溢れている。
大半がカップルや家族連れで笑顔に溢れているからだろう。
平日の新橋のようなピリッとした緊張感ある雰囲気ではない。
そんなお台場にスーツ姿で現れた僕は、違和感を感じる。

今日はお台場のホテルで開かれる異業種交流会に参加する。
そこは経営者や個人事業主、士業、保険セールスの方などが
来る場所で、どこかギラギラしている印象がある。
僕のようなヒラの会社員にはあまり縁のない場所だろう。

それでも参加しようと思ったのは、ある思いがあったからだ。

会場に着くと、30〜40名くらいの人がすでに集まっていた。
まわりの人はみんな知り合い同士のようで、
僕は1人ポツンとしている。

「はぁ、早速帰りたいなぁ」
なんてテンションが下がっていた時のこと。

「あの、すいません、・・・えーと、大谷じゃない?」

突然聞き覚えのある声が聞こえたのだ。
振り返ってみると、
そこには観たことのある顔があった。

「・・・、あ、え?タイヨウさん!?」

「おーー、覚えてくれていたか。
そうだよ!まさかこんなところで会うとは。
びっくりしたよ、別人だったらどうしようかと思って、
ちょっとどきどきした。
久しぶりだね。」

そこには、
10年ぶりに会った、
高校時代のサッカー部の先輩が笑顔で立っていた。
10年前と変わらずすらっとしたさわやかイケメン。
加えて少し年齢を重ねたからか、重厚感、安定感を感じる。
そのくったくない笑顔が人の良さを引き立てているのは
昔と変わらないな、なんて思った。

「もちろん覚えていますよ!
まさか、こんなところでお会いできるなんて、
僕の方こそびっくりしました。
タイヨウさん、お元気そうで何よりです!」

「大谷も元気そうだね。
卒業以来だから、もう10年近く経つか。
なつかしぃなぁ。」

ニコニコとそう言うと、
昔を回想しながら、
思い出話をひとしきりした。

「ところで大谷は、こういうところよく来るの?
何かビジネスでもやっているとか?」

「え?
あ、いや、
今はWEB制作の会社でサラリーマンをしています。
ただ、近々仕事を辞めて、
フリーランスになろうかと考えていまして。
ずっと狭い世界で生きてきたから、
社会勉強と思って、
知り合いのSNSで紹介されていたこの交流会に参加してみたのです。が、、、
実は、こういう場は初めてで緊張して、
もうすでに帰りたいって思ってたところなんです・・・。」

「ははは、そうかはじめてなんだね。
そりゃさぞかし勇気を出してきたことだろうね。
ところでその知り合いはどの人?」

「そ、それがですね。
実はさっき電話があって、
急遽仕事の予定が入ってしまい、
ドタキャンになってしまったみたいでして。
僕も来るの辞めようかと思ったんですけど、
なんかそれもちょっと違うと思い来たはいいけど、
ほかに誰も知り合いがいなくて・・・。
さすがにひとりぼっちだと、
どうしたらいいかわからず心細かったんですよ。
だからタイヨウさんの姿をみたとき、
五光がさしたように見えましたよ!」

「ははは、相変わらずおおげさだな。
そっか、
それにしても1人じゃ心細かっただろうからよかったね。
もしよければ、俺の知り合いが何人かいるから紹介するよ。」

「え?、いいんですか??
はい、ぜひお願いします!」

うん。
と言うと、タイヨウはスタスタと歩き始めて、
近くの知り合いらしい人に声をかけ始めた。

タイヨウの素早い動きに一瞬気後れしたが、
すぐにその姿を追いかけていった。

「〇〇さん、ちょっといい?
今日びっくりしたことがあってさ、
なんと俺の高校時代の後輩に偶然再会してね、
よかったら紹介させて・・・」

こんな調子で和気あいあいとした時間が
あっという間に過ぎていった。
おかげで十数枚の名刺を交換することができた。

ベンチャー企業の経営者、弁護士、税理士、社労士、
保険営業マン、物販ビジネスをしている個人事業主、
料理研究家、コーチなど、
今まで会ったことがない分野の人たちばかり。

一人一人とは数分しか話せなかったけど、
新鮮さとワクワクや緊張でテンションが
上がりまくっている自分がいた。

会社の名刺ではなくて、
もっと早く個人の名刺を作ってくればよかった、
なんて思ったりしたけど、
これもはじめて体験だから仕方ない。

「だいたい俺の知り合いは紹介できたかな。どうだった?」

「はい、ありがとうございました!
ほんとに楽しい時間で、来てよかったです。
今まで知り合ったことがないような方ばかりで、
知らない世界を知ることができました。
ほんとタイヨウさんのおかげです。」

「ははは、そうかそうか、それはよかった。」

タイヨウはどこか満足そうにニコニコしながら、
泡の消えたビールグラスをくぃっと空けた。

「タイヨウさんはたくさん知り合いがいるんですね、
びっくりしました!ところでタイヨウさん、
今は何をされているんですか?」

僕がそう言うと、
タイヨウはハッとした表情のあと、顔を崩して笑いながら、

「おお、そうだった、全然話してなかったね。
俺は今、公認会計士と税理士として独立しているんだ。」

「公認会計士!すげぇ。。。
税理士まで持っているんですか、すげーなぁ」

「うん、公認会計士になるとね、
税理士は登録手続きをすればなれるんだよ。
今は資格を生かしながら、
いろんな経営者の成長を支える仕事をしているよ。」

なんだか、タイヨウが遠い世界の雲の上の人に見えてきた。
公認会計士、
なんかすごい難しい資格だということだけは知っている。
やっぱすげーなー、この人!
そんなふうに、昔のタイヨウの姿を思い出していたら、
タイヨウから直球の質問が投げられてきた。

「ところで大谷はフリーランスになって何をするの?」

「え!あ、えーとですね、
実はまだ明確にこれって決まったわけではないんですけど、
今のスキルを活かして仕事したいなと考えてまして。
入社して5年がむしゃらにやってきて、
結構スキルも身についたので、
独立してやってみようと思ったんです。」

「ふーん、なるほど、そうだったんだね。
それじゃあ、もういろいろ独立に向けた準備はしているの?」

「えっ。準備??
あ、いや、その、実はそれが、まだ全然でして。
お恥ずかしながら何をしたら独立と言えるのかみたいなところ
からわかっていないんです・・・」

僕は恥ずかしくなって、
下を向きながらボソボソ話していると、
タイヨウが明るくこういった。

「ははは、そうか。
最初からなんでもわかっている人なんていないよ。
これから知っていけばいいだけの話だよ。
よかったら今度、お茶でもしながら独立の話でも一緒にしようよ。」

「え!いいんですか??
ぜひお願いします!」

「おっけー、また今度連絡するよ。
来週のこの日どう?連絡先教えて〜」

あっという間に再会の日程が決まり、
その日はタイヨウと別れた。

この再会が自分の人生を大きく変えていく起点となったことには、
その時はまだ気付いていなかった。

2.フリーランスになるのは簡単だ


平日の夕方。
時間有給を使って、
いつもより2時間ほど会社を早く退社した僕は、
タイヨウから指定された品川のきれいなビルの
1階にあるカフェに到着した。

それほど混雑はしていないが、
勉強している学生、
お茶をしている女性たちや
商談をしてそうな雰囲気のビジネスマンなどが
ちらほらいて、
ほどよいにぎやかさを感じる。

たまたま空いていた奥の一角の席をとり、
注文したカフェラテを飲んでいると、
タイヨウがやってきた。

ジーンズに長袖シャツと
カジュアルなように見えるが、
その上にジャケットを羽織るだけで
おしゃれさとさわやかさ、気品を感じる。
できる男って感じだ。

「おお、はやいね、待たせたかな?」

「いえ、ちょうど今きたところです。」

「そうか、ちょっとコーヒー注文してくるよ。」

「はい、いってらっしゃい。」

そんな当たり障りのない自然な会話で
始まったのだが、
今日は忙しいタイヨウの時間をもらったのだから、
しっかり話を聞かねば、と緊張していた。

そんな僕の心境を察したのか、
タイヨウはコーヒーを買ってきて座るなり、
昔話や共通の知人の話などをしはじめて、
場を和ませてくれた。

そんな矢先、またもいきなり直球が飛んできた。

「ところで、
大谷は起業したら、
どうなりたいとかあるの?」

「え??
いきなりびっくりした、
相変わらず直球ですね。」

僕は、いきなりの質問にとまどい、
誤魔化すような返事をしてしまった。

本当はきちんと考えないと
と思っていたけど、
忙しさを理由にずっと先送りにしていた
ことを直球で聞かれ、
内心焦ってしまったのだ。

「ははは、そうか。
いきなりごめん。
なんとなく大谷がこれから創りだして
いきたい世界みたいなものを
知りたくなってさ。」

「はあ、そうですね・・・。
お恥ずかしながら、
実はまだ明確になっていなくて。
なんだかパッと浮かばないんですよね。」

「そうかそうか。
まあいいさ、またあらためて教えてよ。
脳って面白くってさ、
潜在意識の中で問いに対する答えを
みつけようとするんだって。
だから、
忘れててもある日突然思い出したり、
急に答えが浮かんだりすることが
あるだそうだよ。」

「へぇ、そうなんですね。
タイヨウさん、
脳のことも詳しいんですか?」

「うん、
詳しいというほどではないけどさ、
興味があるからいろいろ勉強しているんだ。」

「すごいですね、
会計士っていいう難関資格を持っているのに、
さらに他の分野の勉強までするなんて!」

そんなことを言って
この話題は終わっていった。

しかし僕はその時、
とてもモヤモヤしていた。

なんとなく
WEB周りの仕事で起業しようかなとは
思っていたけど、
本当にやりたいことや目的を
見出せていないことに対する、
自分への苛立ちのようなものを
タイヨウに見透かされたように感じたのだ。

そんな半端なやつが起業するんだ
なんてタイヨウが知ったら、
笑われて軽蔑されてしまうかもしれない
と思うと、
どこか焦りのような不安な気持ちが湧いてきた。

そんな僕のことを気にすることもなく、
タイヨウは話題を変えてくれた。
自分の不安な気持ちを味わう時間もない状況に、
どことなくホッとした。

「そうそう。
今日は起業の準備の話をしようって
言ってたんだったね。
よし、
ではまず、
大谷はフリーランスのように個人事業主
として独立するのかな?
それとも会社を設立するつもりなの?」

「会社設立!?
いや、そんな、
社長になるってことですよね・・・。
そこまでは考えてなかったです。
会社設立はちょっと早いかな・・・、
まずはフリーランスで独立してみようと
考えてました。」

「そうか、じゃあ個人事業主なんだね。
それなら会社を作るよりもはるかに簡単に
独立できるよ。」

「え!そうなんですか?」

僕は、興奮気味に反応した。
さっきの不安感はどこかに飛んでいっていた。
切り替えの早いところは我ながら長所だ。

「うん。
もちろんそこに至るまでにいろんな準備は
必要になるけどね。
一旦その話は後回しにすると、
個人事業主になるにはね、
税務署に書類を提出すれば完了するんだよ。
その基本の書類は
「開業届」と「青色申告承認申請書」
の2つだよ。」

「え!そうなんですか。
あれ?登記とかいらないんですか?」

「会社のような法人ではないから、
法務局に行って登記する必要はないんだ。」

「そうなんですね、全然知りませんでした!
お金を納めたりすることもないんですか?」

「うん、開業の時点ではね。」

僕は急ぎメモ帳を取り出し、メモし始めた。
そうなんだーーー。


3.開業に必要な2つの書類


「そうなんですね。
あのー、
その「開業届」っていうのは、
いつまでに税務署に持っていけば
いいんですか?」

「うん、
「開業届」は、
開業した日から1か月以内だよ。
ちなみに1か月後がちょうど土日の場合は、
その翌日までだ。」

「そうなんですね、
開業した日とかじゃないんだ!」

「うんそう。
ちなみに、
e-taxというWebサイトから提出できるし、
税務署に直接持って行っても大丈夫。
おれが独立した時はまだよくわからなくて、
税務署に持って行ったなぁ。」

そう言うと、
タイヨウは斜め上のほうを見ながら、
懐かしそうに何かを思い出している様子。

その間にすかさず僕はメモをする。


「そうそう、
「青色申告承認申請書」
も忘れずにね。
これは開業後2か月以内に出せば
いいんだけど、
「開業届」
とセットで出してしまったほうがいい。
これを出さないと、
いろんな特典が受けられなくなるからね。」

「え?なんですか、
その特典申し込み用紙みたいな感じ
の書類って?」

「うん、その前に
「青色申告」っていうのはね、
確定申告のやり方の話なんだ。
白色と青色の2種類あってね、
何も申請しなければ白色になる。
そして、
「青色申告承認申請書」
を提出すれば、
青色で確定申告ができるんだ。
青色の場合は、
白色と比べて複式簿記で一定の帳簿を
備えたりと、
白色と比べて少し手間はかかる。
その分メリットも大きい。
なにより最高65万円の特別控除が
受けられるんだ。」

「複式簿記って、
あの簿記検定のやつですか?
なんだか昔、
なんとなく就活で有利になるかなくらいの気持ちで
3級くらい取るかと思って合格したので、
ちょっとはわかります。
でもトクベツコウジョ?
なんですか?
65万円ってすごいなっていうのは
わかるんですけど。」

「うん、
あまり聞きなれない言葉だから
わかりにくいよね。
特別控除というのはね、
税金を計算するときの対象となる
所得から差し引ける金額なんだ。」

「所得??
なんか聞いたことはあるけど、
ちゃんと言葉の意味を調べたこと
なかったです。
収入みたいなもんですか?」

「ブブー。おしい!
所得というのはね、
収入から経費を引いた金額だよ。
たとえば、
ホームページを制作して10万円の収入を
もらったとしたら、
そこから交通費などもろもろの経費2万円を
差し引いた8万円が所得になるよ。」

「なるほど。
収入から経費を引いたものが
所得なんですね。」

「そう。
そこからさらに控除金額を差し引いて、
残った金額に税率をかけると、
所得税が計算されるんだよ。」

(収入ー経費ー控除)×税率
僕はメモした。

「そうなんですね。
そうしたら、
その控除の金額が大きい方が、
税金も安くなるってことですね。
ちなみに青色じゃないと控除は
いくらなんですか?」

「その場合は白色申告と言って、
現状は10万円になるよ。
つまり、最大55万円の開きがある。
大きい差だよね。」

「たしかに!
知りませんでした、
それは絶対に青色申告のほうがいいですね。
ただ、
僕みたいな簿記3級程度のシロウトだと、
複式簿記できるか
とても自信ないんですけど・・・。」

「今は、
クラウド会計ソフトなんかで
簡単にできるようになっている。
もちろん、操作の仕方に慣れたり、
多少の勉強は必要だけどね。
早く慣れて、
その後は定期的に作業する日を決める
などして習慣化してしまえば
そんなに大変ではないよ。」

クラウド会計ソフト。
なんか聞いたことあるぞ。

「そうなんですね。
わかりました、もしよかったら、
そのソフトを今度教えてください!」

「もちろん。」


「それと、
「開業届」
とか
「青色なんちゃら申請書」
って、書くの大変なんですか?
はじめてなので自信なくて。
なんだかハードルも高い気がして、
不安なんですが。」

「そうだよね、わかるよ。
おれも最初はそうだった。
でもね、書類は1枚もので簡単だし、
今はネットで検索すれば山ほど
書き方の情報が出ているから、
それを参考にすれば大丈夫。
会計ソフト会社が入力用のソフトを
無料で提供してくれているものもあるから、
それを利用してもいいと思うよ。」

「タイヨウさんもそうだったんですか。
ちょっと安心しました。
わかりました、ありがとうございます、
やってみます。」

僕はとても頭には入りきらない量の情報を、
必死にノートに記入した。

ノートを持ってきた自分を褒めてやりたい気分だ。

タイヨウはニコニコしながら、
うんうんとうなずき、
コーヒーをうまそうに飲んでいる。
そして、次の質問をしてきた。


4.円満退社のススメ


「ところで、
今の会社に退職する話はもうしたの?」

「いえ、まだです。
なかなか言い出せずでして。
そもそもいつから起業するかを、
まだ決めてないんです。
近々とは思って、
少しずつ準備はしているんですけど。」

「そうなんだね。
そうしたらまず、
起業する日を決めることからだね。
決めるとそこに向けていろんなことが
動き出すし、準備も加速するよ。」

「うーむ、確かに。そうですね。」

「それと、
これは個人的な意見だけど、
会社とは極力円満に退社することを
おすすめするよ。
もし引き継ぎに時間がかかる仕事を
しているのなら、
それに必要な時間を考えて、
上司ときちんと相談したほうがいい。
今の会社が嫌で辞めるわけでは
ないんでしょ?
もし今の会社がブラック企業だった
りするなら、話は別だけど。」

「はい、そうですね。
仕事に飽きてきたみたいなところは
あるんですけど、人間関係は良好ですし、
お客さんともいい関係は築けている
と思っています。」

「そうしたらなおさらだね。
そこでの人間関係を大切にすることで、
今後に生きるかもしれないから。
たとえば、
何か仕事を回してもらえたりする
可能性もある。」

「なるほど。」

今の会社は人でが足りなくて、
仕事をよく外注業者さんに
依頼するケースがあることを思い出した。

「起業して一番困るのはお客さんを
どう獲得するかだからね。
もちろん、
集客はビジネスをやっていくうえで
とても重要なテーマだから、
これは余計なお世話かもだけど。」

集客!?
営業を一度もやったことのない僕は、
その言葉に一瞬ドキッとした。
なんとなく毛嫌いの感が・・・。

「人とは、
どこでどうつながるかわからないから。
できる限り、良好な人間関係は
大切にしておいたほうがいい。
実際におれは、
起業して一番最初にいただいた仕事は、
以前お世話になった会社から声をかけて
いただいた案件だったんだよ。」

「なるほどそうだったんですね。
確かにそうですね。
退職後はどうするかとか、
自分のことばかり考えていましたけど、
もし自分が抜けた後の会社の仕事は
どうなるんだろうとか、
あまり考えてませんでした。
正直に言うと、
あとは上司がどうにかしてくれるかなー
くらいにしか思ってなくて。」

「うん、そうだね。
もちろん組織である以上、
人はいずれいなくなるから、
それを想定して、
誰かが辞めても仕事が回るように管理する
のは経営者や管理職の重要な仕事だよね。
ただこういう機会って、
辞める側からすると、
残された人のことを考えたり、
やがて自分が経営者として反対の立場に
なったらどう思うだろうかと考えてみる
いい機会なんじゃないかなと思うんだ。
仕事って、
相手のお困りごとを解決することで
成り立つ面もあるからね。」

うううむ、なかなか深いぞ。
仕事とは何かなんて考えたことなかった。

「独立したら、
会社のブランドは助けてくれない。
少しおどすようなことを言うようだけど、
フリーランスになればいずれ気づく。
そんな時にものをいうのは
個人の信頼なんだよね。
ちょっと説教くさくなってしまったけど、
人の信頼は築ける時に築いておくことを
おすすめするよ」

「ありがとうございます。
本当に心に沁みますね・・・。

よし、まずはいつ起業するかを決めます。
そしてその日まで、
お世話になった会社にできることを
しっかりやって、
引き継ぎもきちんとしていこうと思います。」

「うん、それがいいね。
繰り返しだけど今の話はあくまでオレの
意見だからね。
それから・・・」

タイヨウは、間髪入れずに質問を続けた。


5.起業前にやること


「さっき、
少しずつ起業の準備をし始めている
って言っていたけど、
具体的には何をしているの?」

とタイヨウからの質問。
脳みそフル回転で記憶を辿る。

「あ、はい。
えーと、
まずはパソコンがないと仕事にならないな
と思いまして、
仕事用のパソコンは何を使うかとか、
仕事に必要なソフトや、
備品関係をリストアップ
しています。購入はこれからです。
それから近々、
名刺も用意しようと、
仕事で知り合ったデザイナーさんに相談して、
デザインをしてもらっているところです。
先日の交流会で
名刺の作成の必要性を痛感したので。
あの、始めたのはその程度です・・・。」

「おお、素晴らしいね。
そうしたら、
これからお金を支払う機会が増えていく
感じだね。
今言ってくれたものは全て経費にすること
ができるから、
領収書やレシートはしっかり取っておいた
ほうがいいよ。」

「え??
まだ起業していないのにですか?
てっきり自腹だと思っていたので、
起業は金かかるなーなんて
思っていたところでした。」

「うん、
開業前でも開業のために使った経費は、
開業費として確定申告するときに経費に
できるんだ。
開業するために資格を取ったり、
セミナーに行ったりした時の費用も、
開業に関するものだと説明できるのなら
開業費にできるよ。」

「そうなんですか!」

「うん。
まあ、確かにフリーランスになったら、
会社に経費を請求できないから、
自分のお財布からお金が出ていく。
ただ、経費にすることで
その分の税金は減らせるよ。」

「開業費・・・、あ!
そういえば開業費という言葉、
簿記の勉強していた時に聞いた記憶
があります。
そっか、あれか〜。
すっかり忘れてました。
ありがとうございます、
聞いておいてよかった。」

さらにメモメモ。
もうすでに頭がフル回転しているのがわかる。
普段使わない脳みそが回転しているようで、
体温がポカポカ上がっている感じがする。
さらにタイヨウの話は続く。

「あとは、社会保険だね。
具体的には年金と健康保険だけど。」

「社会保険!
なんか源泉徴収票で引かれているやつですね。
見て見ぬふりで、詳しくわからないけど、
めっちゃたくさんの金額が引かれてます。」

「そうそれ。
今までは会社がまとめてやってくれて
いたんだよ。
今度は、自分でやることになる。
会社員は恵まれていたと感じる瞬間だね。」

「そうかぁ。
確かに、
起業したら誰もやってくれませんよね。
会社が給料から天引きして手続きしてくれていた
ことのありがたさを感じますね。
はぁ、
それも自分でやらないといけないのかぁ。」

「そうなんだ。
役所に行けば手続きできる。
ただ、健康保険については、
もし今働いている会社の健康保険組合
を任意継続できるなら、
それを利用することもできるよ。」

「そうなんですか?
ありがとうございます!調べてみます。
今まで「健保だより」みたいな冊子を
もらっていたけど、一回も見ないで、
そのまま捨てていました・・・。
こう言う時のために、ちゃんと
勉強しておけばよかったなぁ。」

「うん、
健保組合に聞いてみるといい。
組合の人も会社員の大半は健保の仕組みを
知らないと思っているから、
意外とやさしく教えてくれるかもしれない。
ちなみに任意継続ができないと国民健康保険
になるよ。
国民健康保険は、一概には言えないけど、
割高な感じがあるかな。」

「ううぅ、
そこまで全然考えていませんでした・・・。
ありがとうございます、確認します。」

もはや、
やることリストを作ったほうがいい
レベルのメモボリュームになってきた。
こんなに知らないことだらけだったとは。
もしタイヨウに会わないで独立していたら
どうなっていたんだろうと、
考えるだけで恐ろしくなる。

「あとは、クレジットカードとか、
もし住宅ローンを組むことを
考えたりしていたら、
会社員の時に作ったり借りたりしておいた
ほうがいいね。
信用が全然ちがうから、
フリーランスになったりするとカードを
作りにくくなるという話や、
お金を借りにくくなったという話を
よく聞くよ。」

「そうなんですか。
そういえばショッピングモールとかで
簡単に短時間でカード作れたりしていたけど、
あれができなくなるんですね・・・。」

「絶対できないというわけではないけど、
そういう可能性があるということ。
それから、
事業用に銀行口座もあったほうがい。
事業用とプライベートのものがごちゃ混ぜ
になると、きちんと記帳できなくなるから。」

「確かに、ごもっともですね。
ごちゃ混ぜにしてしまったら、事業の経費を
分けられる自信がないです。」

「ざっと起業に必要そうなことは
こんな感じかな。
他にもいろいろ細かいことをあげたら
きりがなさそうだけど、
一旦これくらいにしておこうか。」

「はい、ありがとうございます!
クレジットカード、銀行口座。
本当にいろいろ教えてくださり
ありがとうございます。
情報盛りだくさんで、
だいぶお腹いっぱいです!」

「ハハハ、そうだよね。
形式的には「開業届」を出せば
起業ってなるけど、
実際はそこに至るまでの準備だったり、
事業主としてやることは
たくさんある。
とはいえ楽しんでやったらいいと思うよ。
2度とない経験かもしれないから。」

「楽しんで・・・。
今はやること山積みで緊張してきて
ウッとなってますけど、確かにそうですね。
せっかくなんで楽しむ気持ちを忘れない
ようにやってみようと思います。」

うんうんとうなずくタイヨウは、
その後少し沈黙のあと、
遠いところをみるように、
おもむろにこう切り出した。

「あとさ、
おれが大谷と話していてちょっと
気になったことがあるんだけど、
聞いてもいいかな?」

「え?あ、はい。
なんでしょうか?」

「大谷は独立して、
どんな想いを実現していきたいのかな?」

き、きたーーー、
またもや直球質問!!苦笑


6.あり方


「大谷は独立して、
どんな想いを実現していきたいのかな?」

モヤモヤ感を思い出した。
最初に聞かれた質問と一緒ではないけど、
また似たような質問。
タイヨウさんしつこいな。
なんで何度も聞いてくるんだろう。
僕はちょっとイライラしていた。

「いや・・・、その、
まだそのあたりはさっきの質問と同じで、
まだ漠然としているというか、
うまく応えられないんです。」

「うん、そうか。
何度も似たような質問をしてしまって
ごめんね。
ただ、
大切なことだから繰り返し聞いたんだ。
気を悪くしないでね。」

タイヨウは少し悲しそうな表情をした
ように見えた。

やばい。
一瞬イラッとした気持ちが
表情に出てしまったのか。
タイヨウは話を続けた。


「今はすぐ応えられなくてもいい
とは思うけど、
こういうことは起業する前に
じっくり考えると、
成功するスピードが加速すると思うんだ。
あらためて何を『する』かも大切だけど、
もっと大事なのは、
これから
『どんな自分で、どうありたいか』
だと思うよ。
「あり方」とも言うね。
おれは独立する前にそういうことを
あまり考えずに独立してしまって、
しばらく道に迷ってしまい、
とても苦労したからね。」

・・・そうか。
タイヨウは同じ苦労をさせまいと
話してくれていたのか。
一瞬でもイラッとしてしまった
自分を恥じる気持ちが湧いてきた。

タイヨウの気持ちが少しわかり、
こころが落ち着いてきた。
それにしてもちょっと抽象的で
どこか話が浮いた感じがする。


「あり方、ですか。
お恥ずかしながらあまり考えたことなくて。
それってどういうことですか?」

「うーん、そうだな。
たしかに「あり方」と言われても抽象的だし、
会社員として働いていると日常が忙しくて、
そんなこと考える機会はほとんどないよね。
じゃあさ、大谷は、
これからどんな自分で生きていきたい?
そして、
どんな世界を創り出していきたいのかな?」

「・・・。
あの、壮大すぎて、
正直考えたこともありませんでした。
いや、考えたことあったかも。
ただ、そういうことを考えてみても、
なんだかぼやっとしてしまい、
考えるのを諦めてしまってた気がします。」

「うん、よくわかるよ。
おれもそうだった。
それに、今も考え続けている。
ある意味、永遠のテーマかもね。」

むむむ、そうなのか。
タイヨウさんでもそうなのに、
はたして自分に思いつくのか。

「確かに、僕はどんな人生を歩みたくて、
独立しようと思ったのか、きちんと言葉で
表現したことなかったかもしれません。
なんとなく、今の状況を変えたくて、
今が退屈で、そこから抜け出したいという
想いがあるような気がするんですけど。」

「うん、
まずは自分の想いに気づいているんだね。
気づきはとても大切だよ、
気づきがなければ変化は始まらないからね。
ただ、それは本当に大谷のやりたいことなの
かな?
その先に何を望んでいるのかな?

今日、脳にフラグが立ったね。
まだ起業する日を決めるのはこれから
なんでしょ?
よかったら考えてみてよ。」

「はい、わかりました。
ありがとうございます。
それって、その、
具体的にどう考えたらいいとか
参考になるものってあるんですか?」

「そうだなぁ。
例えば、不満を書き出すとその裏側にある
望みに気付けたりするよ。
試しにやってみて。
他にもいろいろやり方はあると思うよ。
今は自己啓発本なんかもたくさん出ているし、
起業したい人向けのセミナー
なんかもいろいろあるから、
そういうのに参加してみるのもいいと思うよ。
それにコーチングなんかで引き出してもらう
のも効果的だよ。
よかったら今度あらためて紹介するよ。」

「ありがとうございます。
うわぁ、それにしても、やることたくさん
で、けっこう気が重いですね・・・。
なんだか、不安になってきたなぁ。」

「そうだよね、ごめんごめん。
今日は盛りだくさんの情報をお伝えして
しまったからね。
そうそう、そしてそんな大谷をさらに
混乱させるようなことを言うね。笑」

少しいたずらっ子な表情で楽しそうに
話すタイヨウが、
なんだか少し悪いヤツに見えてきた。

「さっきと少し言っていることが
矛盾するように聞こえるかもしれないけど、
行動することを優先するといいと思うよ。
悩むよりもまずやってみるといい、
ということね。
考えすぎて行動できないと、
成功に近づくスピードも遅くなる。」

行動か。
なんだか成功している人がよく言っている
あれか。

「確かに混乱しそうですけど、
その、
しっかりあり方を考えるのも大事だけど、
そこが明確にならないからといって
行動を止めるべきではない、
ということかなと理解しました。」

「すばらしい、さすがだね。
もちろんこれは僕の今までの失敗や
いろんな経験を踏まえての意見だから、
正しいかかどうかなんてわからない。
でもさ、
本当のところ何が正しいかは誰もわからない
と思うんだよね。
だから、大谷が聞いてなるほどそうかと
腑に落ちたら、
僕の意見を取り入れてみてくれたら
それでいいよ。」

「はい!ありがとうございます!
そう言っていただけると嬉しい反面、
なんだか責任感を感じますね。
でもなんだかイメージが湧いてきました。
自分のことは自分で考えて決める、
ということですね。」

「そうだね。
会社員と違って、
上司がいるわけではないからね。
そのあたりは、
少しずつマインドチェンジしていく
必要があるかな。」

タイヨウはそう言うと
ふと時計を見て、
そろそろ人と会う約束があるから、
と笑顔で席を立った。

誰に会うんですか?
と突っ込んで聞いてみると、
どうやらデートらしい。
少し照れくさそうにしているタイヨウが
かわいらしく見えた。

僕は、
タイヨウに直立して深々と頭を下げ
お礼を伝えると、
タイヨウは照れくさそうに笑いながら、
「またね!」
とその場を去っていった。

ふう。
すっかり冷めてぬるくなった
コーヒーを口にする。
なんだかとても濃くて、
怒涛の時間だったな。

それにしても、
タイヨウはよくいろんなことを知っている。

起業の話は会計士、税理士として
働いているから関係ありそうだけど、
あの脳科学やら心理学っぽい問いかけは
なんだったんだろう。

いったい普段は何をしているのだろう?
なんだか聞かれた質問が頭から離れない。

今度会ったら聞いてみるか。

そんなことを思いながらコーヒーを啜った。

それから今日のメモを見て、
これからやることをまとめてみた。


  1. 開業までの主な作業:

  • 開業する日を決める

  • 自分のビジネス、商品を決める

  • 退職する日を決める(引き継ぎなどに必要な期間をしっかり取ること)

  • 開業に必要な経費の領収書をまとめておく

  • 健康保険の任意継続があるか確認する。

  • 任意継続しないなら国民健康保険の手続きをする。

  • クレジットカードを作っておく

  • 事業用に使う銀行口座を作る

  • 開業届を作成する

  • 青色申告承認申請書を作成する

  • 上の2つの書類を提出する

  • 国民年金の手続きを役所でする

  • あり方
    (どんな自分で生きていきたい?どんな世界を創り出していきたいのかなど)を考える


大事にすること:

  • 行動することを優先する!


こんな感じかな。
さらに具体的にやることを分解して
タスクレベルにして、
期限を決めれば完成だ。

タスク管理の仕方は、
慢性的に期限に追われていた会社員の仕事
で身につけたスキル。
あの頃は嫌で苦しかったけど、
今ではとても役に立つスキル。
無駄なことなんてないんだなぁと感じる。

なんだかわからないけど、
未来にワクワクした。
同時にちょびっとだけ不安を残しながら、
ノートを閉じた。

コーヒーを飲み干し、
すっかり客席の人がまばらになった
カフェを後にした。

タイヨウとの長い付き合いの
始まりであった。

その時はまだ、
想像もしない苦労と喜びの
ビックウエーブが訪れることなどまだ知らない。

(第2話へつづく)


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