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【ショートショート】13章の②



男の転機

そんなある日、定期的に父親の元を訪れるお客様に頼み込んで、裕福な人が暮らす街へと連れて行ってもらった。そこで彼は途轍もない衝撃を受けることになる。いつもいる砂漠の果てとは全く違う世界。

煌びやかな建物、豊富に流れる水、水、水。市場にも色とりどりの水々しい果物が山積みになっている。みたことのない肉や野菜、加工食品。人々が身に纏う服には美しい色のシルクが使われている。服には、煌びやかな刺繍もしてある。そんな煌びやかな様子に呆気に取られていたが、ふと自分の様子を客観的にみてみると、それは酷いものであった。り切れてはいないが、使い古した服。水が豊富にあるところに住んでいないので、服を洗うことはあまりできず、砂埃がいつも付いている。肌は浅黒く、乾燥していて、痩せ細っている。20歳そこそこだけれど、艶感はない。

ここにいる、ここにある全ての物が眩しくて、煌びやかであった。そこにいる人も同じだ。煌びやかに輝いている。男はここにいる人々と同じように煌びやかで輝かしい生活を夢見た。

田舎町のいつもの家に一旦は戻ったが、いつも頭の中は、この街での煌びやかさでいっぱいだ。父親は変わらず、貧しい人々に寄り添っている。

そんな折に、街を治めている王様から父親共々、お呼びがかかり、王様の宮殿に向かうことになった。そこで男はとても上手く振る舞い、王様の心を読み、王様に気に入られるようなハーブを丁寧に調合した。また、占星術にも長けていたので、王様の心の動きは手に取るように分かった。こういった能力については、幼い頃から父親の元で何万人という人々に対応してきた賜物でもあった。

充実した宮殿での日々

男の思惑通り、王様は大変この男が気に入り、宮殿で使えるように指示した。男は願い通り、王様の宮殿での生活をスタートさせたのだ。その頃、男には幼い頃から近所に住んでいた女を娶り、娘も授かっていた。
しかし、この宮殿での生活を優先し、田舎町に家族は置いてきたのだ。

意気揚々と宮殿での生活を始めた頃は、とても充実した日々であった。宮殿に訪れる人々から憧れの眼差しで見られ、尊敬もされていた。
十分に素晴らしい建物に暮らし、煌びやかな服を気ままに着ることもあったし、もちろん日々食べる物は、全く王様と同じように素晴らしい食べ物ばかりを口にしていた。王様お抱えの医者でもあり、参謀でもあり、友人でもあった。

欲望の細胞分裂

ここでの日々は、確かに充実していた。王様のようになりたいと、ふと思ってしまうまでは。ふと感じたその欲望は、細胞分裂を起こし続け、日に日に増殖していく。最大限に増殖したその欲望は、いつしか止めることができなくなる。王様と同じ立場になるために男が考えたのは王様の娘と結婚することであった。




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