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第4話 「目指せ地球に優しいラーメン屋」

「今日も寒いなぁ……」
結月は食品衛生責任者の資格を取るため、寒いバスの中、マフラーを口元まで覆いながら講習会場へ向かっていた。
「麺屋ふくろう亭」を三姉妹で引き継ぐにあたり、店主となる結月にとって、この資格はどうしても必要なのだ。
講習は六時間にも及ぶ長丁場になる。
講習会場へ向かうバスの中で、結月は何度も資料に目を通した。

一方、ふくろう亭では次女の美咲が店舗改装業者との打ち合わせに悪戦苦闘している。
老朽化が進んだ柱、外れかけたグラつくカウンター、そして詰まり気味の配管……
修理すべき箇所が次々と見つかる。

そして次に業者の発した言葉に、美咲の表情は次第に険しくなっていく。

業者
「これ、ほぼ全面リニューアルですねぇ。最低でも1,000万円は見積もっておいたほうがいいですよ」

その一言に、美咲は思わず頭を抱え込む。
さらに業者は追い打ちをかけるように続けた。

「あと、余談ですけど、今は冬で寒いから気づきにくいですが、このエアコン……、夏場はまずいですよ」

美咲は、昨年の猛暑を思い出す。
35度を超える猛暑が続く中、壊れたエアコンに汗だくで対応していた父の姿が脳裏をよぎるのだった。

「あ、確かに……お父さん、夏になると毎回エアコン壊れたって大騒ぎしてたよね。え、え、どうしよう?夏場のこと全然考えてなかった……」

不安そうに尋ねる美咲に、業者は冷静に答える。

「これ、オフィス用のエアコンですね。特にラーメン屋のような飲食店だとオイルミストを大量に吸い込んで、すぐ故障しちゃうんですよ。なので業務用に変えたほうがいいかと」

「あちゃ~……」

またしても費用がかさむことが明らかだった。
ラーメン屋にとってエアコンの存在は生死を分つほどの絶対的なアイテムなのである。

「改装費を800万円で見積もってたのに、これじゃ予算オーバーもいいところだよ……」
「お父さん、なんでエアコン業務用にしてなかったんだよ……」

美咲は深いため息をついた。

その頃、結月と三女の亜子は父の代から付き合いのある仕入業者を訪ね歩き、発注内容の見直しや原価交渉に奔走していた。
しかし、世の中の物価高の影響で、原価交渉どころではないのが実情だ。卸業者も値引きどころか、値上げせざるを得ない状況に追い込まれているのだ。

価格交渉を断念した結月と亜子は、売値を上げるしかないと判断する。
だが、それだけでは不十分だ。
結月は視点を変え、ロス率に着目する。

「徹底的にロスを減らせば、原価率に反映できるかもしれない」

店舗で発生する生ごみや食べ残しといった廃棄物を減らす方法を模索することにしたのだ。

試作で出る廃棄食材を捨てるたび、姉妹たちは罪悪感を感じていた。

「食べ物を無駄にしたくない……」

また、スープ作りで発生するガラの廃棄量も無視できない。

「これは、なんとかしたい!」

結月の脳裏にある人物が浮かんだ。
取引先「八百屋ハルダイ」の店主の息子だ。
彼が立ち上げた再生資源関連のベンチャー企業がテレビで取り上げられていたのを思い出したのだ。

「確か、ハルダイの息子さんの会社って再生資源関係だよね、美咲?」
「そんなこと知らないよ~」
「ほら、あの『カンブリヤン宮殿』に出てた!」
「私、観てないし…」 

その会社名は
“Green cycle Innovations”
(グリーンサイクルイノベーションズ)
この会社は生ごみや落ち葉などの有機物を分解し、土壌改良に使える堆肥を作るシステム開発している。自然の微生物が分解を進めるため、環境にやさしく、生ごみを減らすのに効果があるのだ。
このシステムを”コンポストシステム”と言う。

結月は早速、ネットで会社を検索しアポイントを取りつける事に成功。
翌日には、美咲を連れてグリーンサイクルイノベーションズを訪ねることになった。

受付で事情を話す結月。

しばらくすると奥から春代一輝(はるだい かずき)が姿を現した。
スラッとした長身で、日焼けが似合う爽やかな青年だった。

結月
「初めまして、お忙しい中、急なアポイントにご対応頂きありがとうございます。私は麺屋ふくろう亭の結月と申します。父が生前、八百屋ハルダイさんに大変お世話になりました」

「ああ、ふくろう亭さんの娘さんですね」

春代は笑顔を見せながら名刺を差し出した。

「父から話を聞いていますよ。お店を復活させるとか?」

結月は頷きながら説明を始めた。
「はい。それで今日は少しご相談がありまして……」

美咲も続ける。
「お店で出る生ごみを、えぇ〜と、コン、コン……」 
春代
「コンポストシステムですね」
美咲
「あ、そう、それです!」

春代は笑顔で頷き、結月の作成した資料に目を通しながら答えた。
「素晴らしい取り組みだと思います。個人店でここまで考えるのは珍しい。ぜひご協力させて頂きます!」
結月と美咲は満面の笑顔で
「ありがとうございます!」

「それにしても、うちが再生資源の会社ってよくご存知でしたね」
春代は結月と美咲を出口まで案内しながら話すと、美咲が
「お姉ちゃんがテレビを観たのを覚えてたんです」
「あぁーー、カンブリヤン宮殿ね、」
春代は照れながら頭をかき、二人を見送った。

こうして、麺屋ふくろう亭は春代の会社のコンポストシステムを利用し、食品ロスの削減と廃棄コストの軽減を同時に実現させる事ができるのだった。

「地球に優しいラーメン屋、ふくろう亭」

結月と美咲は夕暮れの帰り道、ちょっと誇らしい気持ちで亜子の待つふくろう亭に向かう。


つづく 🦉


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