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厄咲く箱庭 〜忌神と贄の花巫女(2)壱.両極の能
創作長編小説『厄咲く箱庭 〜忌神と贄の花巫女』の第一幕部分になります。(R15未満)
※フィクションです。実在する名称、土地、出来事、伝承とは関係ありません。
壱.両極の能
八百万の河
どのくらいの時が過ぎたろうか。暗がりの狭い駕籠の中、アマリの意識は寝不足と空腹で朦朧としていた。昨夜から今日一日、社の地下水しか口にしていない。人族の世界――俗世の気を少しでも身体から失せさせる為と聞いた。
窓どころか隙間も無い駕籠の中からは、外の様子は全くわからない。何処を通っていて、どの方角に向かっているのかも、弱った頭や身体では感じ取れずにいる。万が一、尊巫女が役目を放棄し、逃亡出来ないようにする狙いでもあったのだ。
帰り道がわからないよう、アマリは道順を教えられていない。駕籠を運ぶ従者達も、神界への行き方は途中までしか知らず、そこからは別の者が引き継ぐ、という手筈な事は聞いていた。
規則的に左右に揺れる駕籠の中で、懐からふと、布に包まれた一つの陶器の小瓶を手にする。今日、支度の最後に持たされたのが、これだった。いざ贄となる際、なるべく苦しまないよう、せめてものはからいだと、母から渡されたもの。強力な催眠作用の薬らしく、神界に着いたらすぐに飲むよう言われた。暫し後、強烈な睡魔に襲われ、意識を失うという。その間贄になり得る、という事だろう……
そんな曰く付きの代物を改めて手にしても、既に麻痺していた心は、何も感じなかった。ただ、一刻も早く終わってほしい、とだけは思った。
せめて正気を保っていられるうち……恐怖や怨恨に狂い、見苦しい様を晒しながらは逝きたくない。それが、今のアマリに残っていた、唯一の自尊心だった。
――もう、今すぐ飲んでしまいたい……
何に対してかもわからないまま、瓶を握りしめながら祈り、逃避するように視界を閉じた。
「尊巫女様。大変お待たせ致しました」
「通過地に到着しましたので、お降り下さいませ」
さすがに疲労と睡魔に負け、うつらうつらと微睡み始めた頃。揺れが止まり不審に思った刹那、駕籠から出るよう促す声が聞こえた。寝ぼけた頭を軽く振り、眼を指で擦る。開かれた扉から外を覗くように、アマリは身体を押し出した。
ぼやけた視界に映ったのは、河辺だった。鬱蒼とした竹林が背景にあるが、目を凝らさないと対岸は見えない程の雄大な河。目の前を流れ行く水の音が、未だ粉雪が舞う宵闇の中、静かに響いていた。
「ここは……?」
「八百万の河でございます。人族と神族の世界を隔て、また唯一の繋ぎの場でもあります」
従者の一人が、重々しい口振りで説明する。その名と存在は、尊巫女としての知識の一つとしてアマリも知っていたが、実際に目にするのは初めてだ。ごく限られた者しか行けない禁じられた聖域だとも両親から聞いていたが、どんな時に何の目的で利用するのかは、何となく察しがついていた。
「……我々は此処まででございます。後は、彼方の者達がご同行致します」
続けて告げた従者の言葉に不安になった時、少し離れたところから、彼らとは異なる声が降ってきた。
「尊巫女様。お初に御目にかかります」
声のした方――岸辺に二つの人影があった。藁作りの傘を深く被り、舟番の格好をした男達が、先端に純白の紙垂を幾つも吊り下げた独特の仕様の櫂を、それぞれ手にして立っていた。すぐ傍に木製の舟が停まっている。
「……貴殿方は?」
「厄界の長様の命により、お迎えに参りました」
「我々は、この八百万の河の番人。ここから神界に行くまで、貴女様を無事にお運びするのが役目でございます」
言葉使いや物腰は丁寧だが、その佇まいは明らかに人族では無い、独特のものだった。辺りに唸るように低く鳴り響く、琵琶の音のような声色。纏う空気も異様で、不気味な気が交えているのが本能的に察知出来た。顔形は人族と変わらないようだが、よく見ると彼らの両耳は笹の葉のように尖っており、犬歯が突飛抜け出ている。
ふと、彼らが手にしている櫂の先端と同じ仕様の紙垂が付いた、注連縄のような物が舟全体を護るかのように巻かれているのに気づく。この場で唯一、アマリがよく見慣れた仕様だ。
「――結界、ですか?」
少し意外に思い、おののきながら問いかける。ここは社でも神宮でも無い、人族の住む土地の一つ……邪や妖に狙われ脅かされない、平穏であるはずの場だ。
しかも、彼らは神界ではなく禍神……厄界の者。厄祓いの神具でもある、大幣を彷彿させる仕様の櫂を手にしている状況にも、アマリは戸惑っていた。
「左様でございます。ここは人族と神界の境目。護りが曖昧になり、道中、貴女様を狙った物怪や妖共が襲って来ないとも限りませぬ故」
白地の羽織姿の彼らは、河の番人というよりは、山伏のようにも見える。これから向かう見知らぬ世界の、自身の常識など全く通用しないであろう異質さを、アマリは身に沁みて感じた。本当に人族の世から去り、神の住む異界に行くのだと改めて実感する。
「……では、我々は此れにて。失礼致します」
頭を順々に丁重に下げつつ、別れの挨拶を告げた従者二人は、駕籠を軽々と担ぎ上げ、颯爽とした足取りで、来た道を戻って行く。ようやっと、様々な意味合いの重荷を下ろした安堵で一杯なのだろうか……と、少し自虐的な思いで、アマリは見送る。
「「どうぞお乗り下さいませ」」
彼らの姿が見えなくなった頃、異界の番人達が、琵琶の低い音を鳴り揃え、彼女を促した。
ゆらり、ゆらりと今度は不規則に全体が揺らぎながら、闇夜に染まる河をひたすら進む。
「暁の刻までには到着致します故、暫しのご辛抱を」
軽い酔いと雪降る深夜の冷え込みが堪え出し、気を紛らわしたくなったアマリは、近くにいた番人の一人に尋ねた。
「……貴殿方は、妖厄神様をご存知なのですか?」
「これは珍しい。あの方をそのように呼ばれる人族は、貴女様位ですぞ」
彼は愉快そうに、軽い笑い声を上げた。
「何故ですか? 禍神といえ……神様なのでしょう?」
「その通り。が、大抵は『厄神』『妖厄神』と呼び捨てる。むしろ、我々が問いたいものだ。何故、そのように?」
彼女の方は見ず、少し皮肉るような口振りで、番人は逆に尋ねる。アマリは返答に詰まった。無意識に口にした名称だが、今から会いに行く者は、あくまで神族の長なのだという、欠片程になっていた尊巫女の誇りと自尊心の表れだと……自覚したのだ。
「……」
「もうじきです。到着次第、長様が風の如く参られます。お覚悟を」
うつむき、無言になったアマリを一瞥し、淡々と彼は告げた。遂にその時がくる。
懐にしまっていたあの小瓶を取り出し、密やかに栓を開けた。軽く一息ついた後、一気に液体を飲み干す。苦味があるため気をつけるよう注意されていたが、凍てつき切っていた彼女の舌は、もう、何も感じなかった。
★奇襲
夜空の藍が朧気に霞み始めた頃。いつの間にか視界に映っていた、鬱蒼とした水草の茂みを潜るように抜けると、舟場のような入り江に到着した。
柳らしき木々と、停留している何槽か停留している木舟に囲まれるように、鉄紺色の石で造られた扇状の渡り橋が、前方に少し離れた所に見えた。
「あの橋を渡った先が我々の地――厄界になります」
「あちらに長様が参られます。暫しお待ちを」
河はまだ先に続いているが、どうやらここが彼らの終着点らしい。特に変わった場所を通った様子はなかったが、いつの間にか神界への入口を抜けて来たようだった。
「私達が到着した事……どうやってお分かりに?」
「長様が従えておられる伝達役の鷹を、今から呼び寄せます」
「到着した旨を知らせる印を届けさせるのですよ。なあに、奴もあの方も突風の如く飛んで来られるので、あっという間です」
舟を停め、下りる準備を始めながら番人の一人が説明する。そう……ようやく……と、疲労困憊状態のアマリは思った。
その――瞬間。背後にぞわり、とした至極不気味な気配を感じた。何事かと振り向く刹那、両手首を掴まれ、あっという間に羽交い締めにされる。
「な、何を……⁉」
困惑する彼女を捕らえたのは、先程まで同行していた番人の一人だった。
「貴女様こそ、先程密かに飲まれていたのは何でございますかねぇ?」
思いがけない問いに、アマリの心臓が、ぎくり、と恐怖で絞られた。彼らが自分の方を見ていない隙に急いで飲んだが、ばれていたのかと冷や汗が吹き出す。
「何かの薬……まあ臭いから毒の類いでは無いとお見受けしますが……些か感心できませんなぁ」
「わ、私は……」
「隠さなくともよろしいですよ。人族が何か良からぬ謀を企み、貴女を我々に差し出した事など、既にお見通しでございます。――あの方も
「……‼」
番人の言葉に意識が遠退き、さあっ、と血の気が引いた。こちらの策略は、とうに見透かされている。贄にすらされない尊巫女の末路がどうなるのか知らない。拷問されて機密を全て吐かされた後、殺されるのだろうか……
伴侶にも贄にもされず、ただ無意味に折檻されて終わるなど……いくら何でも惨めで――酷すぎる。
麻痺していた心が動き、焦ったアマリは逃げようとした。捕まれた手首を必死に振りほどこうとするが、例の薬が効いてきた身体は力が入らず、思うように抵抗できない。頭にふらつきを感じ、眩暈まで起こり始めている。
「ああ……やはり、催眠剤でございますか。贄となられる為の積極的な心構え……健気でなんともお痛わしい」
そんな彼女の状態を愉快そうに眺めている、もう一人の番人が、嘲笑混じりの皮肉を言う。
「い、嫌……‼ お止め下さい……」
「ご心配なさらずとも、命はお助けしますよ。少しばかりその清いお身体で楽しませて頂けたら、お許し致します」
「左様。勿論、純潔を奪うなどという、鬼畜な所業は致しませんよ。我々に何かしらの影響が起こり得るかもしれないと、あの方も仰いましたしねぇ」
能面の笑みの二人は、琵琶の重い声色を震わせ、そんな恐ろしい思案を言う。背後で手首を掴んでいた方の番人が、白無垢姿のアマリを強引に抱え、乗っていた舟底に無理矢理横倒した。そのまま覆い被さると、年季の入った木舟が揺れ、ギギイッ、と軋む音が耳障りに鳴る。
「痛っ……!」
「ふむ、白無垢の花嫁の柔肌を曝すというのは、なかなか興奮しますな。あの方が実に羨ましいが、尊巫女とあっては迂闊に手出しできない……なんとも口惜しい事で」
顔形は人族と変わらないが、ぎょろり、と見下ろす吊り上がった眼は、黄金色にぎらついている。飢えた獣――化け物の目だ。吐く息も上がり、荒くなっている。彼らは本気で自分に無体をはたらく気だと、アマリは本能で危険を察知した。
「止め、て……‼」
助けが欲しかったが、今のアマリに味方は皆無だ。絶望的な状況だが、いくら何でもこんな目にまで遭うのは御免だと、必死に渇いた口を開く。
「間もなく……妖厄神様が、いらっしゃるのでしょう? このような、勝手な仕打ちが……赦される訳……」
震える声で絞り出した切り札だったが、能面から下卑た笑みに変わったもう一人の番人が、そんな彼女を更に蹴り落とす事実を告げる。
「案ずる必要はございません。あの方には、雪の為、到着は明日になると伝えております。折角ではございませんか。貴女も尊巫女の務めなど忘れ、我々と楽しみましょうや……」
信じたくない、恐ろしい返答が飛び込んできた瞬間、押し倒していた方の番人の手が、乱暴に白無垢の襟元を引き下げる。獣のように鋭く伸びた爪が、上質な絹生地をビッ、と裂き、切れ目を入れた。
もう完全に逃げ場は無いのだと、映る闇が更に濃くなり、無力感に陥る。
――また、こうなるの……? 嫌でも抵抗出来なくて、騙されて、利用されて……
――……ああ……そうだった。始まりも、終わりも…… それが『私』の、元々の在り方で……宿命……
『諦め』『自棄』という類いの思いが、疲労と薬で朦朧とした脳裏に、再び過った――刹那。
ヒュン――シュッ――‼ かまいたちのような鋭利な音が、その場を切り裂くように――駆けた。
「早い仕事だったな。ご苦労」
ずっと緊迫していた場に初めて響く、抑揚の無い冷淡な音で発された声が、明け出した宵空から降ってきた。途端、番人達がみるみる青ざめ意気消沈し、ガチガチ震え出す。ごく、と密かに息を呑む音が、どちらかともなく鳴る。
聞こえた賞賛の言葉に反し、今にも斬りかからんばかりの重圧が、周囲に放たれている。眼前の番人の首元に当てられた、ギラリ、と鈍く冴える刃先が、アマリにも向かっている。
だが、今の彼女には救いの天啓、天明のように聞こえ――映った。
妖厄神
「けっ、荊祟、様……⁉」
アマリと襲いかかっていた番人から、少し離れた場所にいたもう一人の番人が、幻でも見たような間の抜けた声色で叫ぶ。
その声に合わせるように、荊祟と呼ばれた青年らしき男は、首元に当てていた刃先を、今度は彼の額ぎりぎりのところに移動させ、そのまま追い立てるようにアマリから離れさせた。一呼吸する間の、ほんの一瞬の出来事だった。
壁になっていたものが無くなり、ようやく開けたアマリの視界に、震え上がってへたり込んでいる番人の額に、日本刀らしき刀を突き付けている黒っぽい長い人影が映った。
明らんできた暁の逆光でよく見えないが、濃灰の硬質な長めの前髪は非対称に分けられ、短い方と襟足は後方に逆立てられている。ほのかな光に当たった部分は月白に透け、銀糸の如く煌めいていた。
漆黒の羽織に藍鼠色の長着物の下は、忍装束のような漆黒の履き物と草履。細身の腰には革紐がきつく巻かれ、刀の鞘と小ぶりの巾着袋、数珠玉がぶら下がっている。
人族の世界だと、野武士か忍と判別するような出で立ちだが、耳はやはり笹のように尖っていた。顔下半分を被い隠した、黒地の布で表情は分からない。が、髪の隙間から見え隠れする、黄金色に鋭く光る切れ長の眼を、より一層、印象的に魅せている。
やはり人族とは違う異界の者なのだと、安堵から再び朦朧とし始めた脳で、アマリは思った。
「……長様、何故……こんな、早く……?」
先程までとは別人のように狼狽え、刀を向けられた番人が、情けない声色で問いかけた。
「黎玄を飛ばし、密かに様子を伺わせていた。……念のためだったが、賢明だったようだ」
淡々とした抑揚のない物言いだったが、その声色は重く、静かな怒りが含まれているのがアマリにもわかった。威厳という冴えた圧を感じさせるのは、彼が一族の長だからだろうか。
ギャア、と高らかな鳴き声を上げ、朱色の眼光を放つ鷹が、バサッ、と焦茶の翼を羽ばたかせ、布が厚く巻かれた彼の腕に止まる。
荊祟は「よくやった」と呟き、懐に下げた袋から木の実のような物を左手で取り出し、指の空いた漆黒の手袋越しに渡す。『以前、実家の屋敷に都の遣いで来られた鷹匠の方みたい……』とアマリは思った。彼の長く伸びた指先には、黎玄と呼ばれた鷹とさして変わらない、鋭く伸びた爪が光っている。
「……この女を喰うなり犯すなりすると、我ら一族の力が失墜するやも知れぬ。その事はお前達も知っているはず」
眼光だけで斬られるのでは、と錯覚するような鋭利な黄金の眼差しで、顔面蒼白の番人二人を交互に睨み付けた。一人には刀を突き付けたまま、じりじり、と詰める。
「長である俺に逆らってまで、珍しい女が欲しかったのか……? 反逆か?」
「……とんでもございませぬ!! 我々はそのような謀反を企てたのではございません!」
赦しを乞おうと、刀を向けられた番人がまくし立て、慌てふためきながら弁解する。
「左様でございます! 人族とはいえ……女でございましょう? 折角の厄界にいない種……見栄えも悪くない。少しばかり味見をしても良いのではないかと伺いました」
「如何にも。要は、契りを交わさなければ良いのですから…… 何なら荊祟様が楽しまれた後でも構いません」
この言葉で、ざわり、と周囲に烈な殺気が満ち、荊祟の眉が吊り上がった。こめかみに青い血管が浮かび上がり、発した眼光が稲妻のそれに変わった。
「……貴様等も、俺を色狂いの獣とでも思っているのか……?」
「い、いえ‼ 決してそのような事は……‼ 私共は、ただ……」
完全に長の怒りを買ってしまった事を認識し、番人二人は急いで土下座しようとした。
「もう良い。粛清する」
チャキ、と鍔を整える音が鳴る。と同時に、へたり込んでいる方の番人の首元に、再び刃を強く押し付けた。彼の汗ばんだ皮膚から、今度は一筋の赤い滴が流れる。
――私達と同じ、色……
至極緊迫した状況だったが、完全に茫然としていたアマリの脳は、そんな唐突な感想を浮かび出す。
「戻って仕置きを受けるか、この場で俺に斬られるか、とっとと選ぶが良い。どうする」
残酷で容赦のない最終警告に、今では哀れに見える位に縮み込んだ番人が、涙声で答えた。
「――仕置きの程を……」
「この女の処分は、俺が決める。早まった事はするな」
ようやっと気が鎮まったらしい彼は、ゆらり、と刀を下げて鞘に収めた。そして、すっかり茫然自失状態、死んだ魚の目に変わった番人二人を、木船に備えていた縄で、そのまま易々と合わせ縛り上げた。
「……あ、ありがとう、ござい……ました。助け、て頂……」
此処に現れてから、一度も自分の方を見ない彼に対し、反射的に呂律の回らぬ口で、アマリは礼の言葉を発していた。ようやく、荊祟は彼女の方を向いたが、冷ややかな眼差しでそんな様子を凝視している。
次第に思考が曖昧になり、目の前が揺らいでふらつき出した。ゆるゆる、と力が抜けていくにつれ、彼女の身体はうつ伏せに倒れ込む。もう、限界だった。
このまま眠り込んでしまったら、長である彼に殺されるかもしれない。とは言うもの、抵抗する力はもう無かった。どうせ全てばれている。今更、彼が自分を贄として一族に渡す事も、伴侶にする事もないだろう……と薄らぐ意識の中、アマリは考えた。
尊巫女の責務は果たせないが、人族……女の尊厳だけは、どうにか守れたようだ。それだけでも幸いだったと思うしか、無い……
自分の人生とは何だったのか……と、一瞬思ったが、次を考える間もなく、アマリの思考には靄がかかり、視界には蓋がされ……やがて、意識は彼方に消えた。
――…………
ふわり、ふわり、と身体が妙に軽い。どうやら宙に浮かび、飛んでいるらしい。心地好い風に流されているようだ。そんな朧な感覚が、彼女が最後に覚えていた事だった。
――嗚呼……冥土に向かっているのね……? どなたかお迎えにいらしたのかしら……
そんな疑問がぼんやりと過ったが、間もなく襲った突風と強烈な閃光により――消え失せた。
↓次話
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