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蛍の光 窓に雨

芒種|腐草為蛍
令和6年6月10日

ホタルは湿度が高くて蒸し暑い日によく出ると聞いて、今日がまさにその日だと思ったほんの数時間後には鎌倉の広町緑地に来ていた。モノレールに乗って10分、そこからさらに10分歩いたところにある広町緑地は、高度経済成長期の都市開発ラッシュにも対抗し、鎌倉市民によって守られてきた緑地だ。鎌倉といえば御谷騒動(おやつそうどう)をきっかけとした日本最初のナショナルトラスト運動が生まれた場所であるが、それでも高度経済成長期には宅地化がみるみる進み、まとまった緑地は広町の他に台峯、常盤山くらいしかなくなってしまった。周囲が山に囲まれていて、しかも由比ヶ浜や七里ヶ浜など海辺も近いので、身近に自然を感じることは多いけれど、道を走っていると網の目状に区画整理された宅地が目に入ることも多い。

さて話はホタルだ。ちょうど今日からコヨミは腐草為蛍、これで「クサレタルクサホタルトナル」と読む。七十二候の中でも一、二を争うヨミの長さだと思う(ちゃんと調べたわけではないが)。ちなみに今日は雑節の入梅(にゅうばい)でもある。梅雨入りの目安とされているが、今年の関東の梅雨入りは例年よりだいぶ遅くなると天気予報は告げていた。何を以て梅雨入り宣言とするのだろう、ここ一週間はずっと滅入るような空模様が続いているというのに。昨日、やっとまとまった雨が降り止んだ夕方から広町緑地に向かい、ホタルが出るのを待っていたのだった。

6月9日、ちょうど去年も同じ日付だった。1年前のその日、19時30分になった途端、広町緑地はまるで演劇の開演時間になったかように一斉にホタルが光りはじめ、そして舞い始めた。近所の家族連れであろう何組かのグループとすれ違いながら、ただ点滅するばかりのホタルをイルミネーションのように眺めては、今年も夏を迎えられたのだなぁと感傷に浸っていた。今年も同じ時刻に幕が上がるのだろうと思いながら、一本道を行ったり来たりして時間を潰していた。

そうして19時22分、去年よりほんの少しだけ早い時間から、ホタルが光り舞いはじめた。梅雨入りの遅い今年でも、ホタルは前倒しでショーを開始してくれた。ひらり、ゆらめき、ほのかに、またたく。光るというより消え入るといったような明り。来月頭には都内に引っ越して、気軽に来れる距離ではなくなってしまうので、おそらく今年が最後となるだろう広町緑地のホタル。一匹の蛍が妻の手のひらに舞い降りてきて、しばらく我々に光をくれたあと、静かに飛び立っていった。

-T.N.

腐草為蛍

クサレタルクサホタルトナル
芒種・次候

極楽寺近くの成就院で紫陽花と由比ヶ浜を眺めたあと、広町緑地で蛍を眺め、スズキヤ西鎌倉店で半額になった白身魚を買って帰る。こんなに素敵な生活も、今月いっぱいでキリをつけて、都内に移り住むことにした。こっちはこっちの良さがあり、それはどこに行っても同じことなのだと思う。土地の良さを発見するのは、その時々の自分だ。

参考文献

鎌倉商工会議所, 新版改訂 鎌倉観光文化検定 公式テキストブック, かまくら春秋社, 2018

カバー写真:
2024年6月9日 肉眼の百分の一くらいのホタル


コヨムは、暦で読むニュースレターです。
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蛍の光 窓に雨
https://coyomu-style.studio.site/letter/kusaretarukusa-hotarutonaru-2024


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