酒のカン世界
穀雨|霜止出苗
令和6年4月27日
日本酒と一口に言っても、冷酒と燗では全く違う世界が広がっている。いま若者のトレンドである日本酒とは基本的に冷酒のことを指すが、燗も一部では熱狂的に愛されている。そもそも「日本酒」と呼ぶのは主に冷酒の世界であって、燗の世界では単に「酒」と言うことが多いように感じる。スタンディングの日本酒バーは「十四代」や「新政」の冷酒が似合うコンクリート打ちっぱなし、一方でカウンターに大皿が並ぶ小料理屋は「十旭日」や「玉櫻」や「剣菱」の燗が映える立派な一枚板。冷酒はシャツをしっかり着こなした唎酒師やSake Diploma認定者がテイスティングし、燗は燗付け師やお燗番と呼ばれる職人が温度を見極める。それくらい、両者はそれぞれの環世界に生きている。
燗がいつから飲まれるようになったのかは、よく分かっていないという。ただ、平安時代中期の『延喜式』によると、土熬鍋(どこうなべ)と呼ばれる小さな鍋に酒を入れて直火にかけていたそうで、少なくとも1000年以上前から燗酒は存在していたことになる。燗という字は江戸時代初期の『醒睡笑(せいすいしょう)』が初出で、小さな「燗鍋」で温められた「煖酒(あたためざけ)」と呼ばれていた。この頃は一年中燗にして嗜んでいたわけではなく、菊の節句(9月9日)から桃の節句(3月3日)までの間だけだったともいわれている。しかし江戸時代も中期以後になると、一年中燗にすることも珍しくなくなり、一合徳利やちろりを湯煎する現代同様の形式が普及した。冷蔵庫が一般に普及したのは戦後であり、それまでも氷室や氷箱があったとはいえ冷酒は一般的ではなかったことを考えると、燗の探求は日本酒の探求とほぼ同じ歴史を辿ってきたと言えるだろう。
しかもこの燗、冷酒よりも身体への負担が少ない。アルコール分解は一度体温まで温度が上がらないと始まらないため、冷酒だと帰り際に一気に酔いが回り、それゆえ二日酔いにもなると、燗を専門とするお店の店主から聞いた。なるほど幾度となく身に覚えもある。燗で飲むと早くから酔い始め、飲み終わる頃にはすでに醒め始めている。優しい香りが料理の邪魔をせず、優しく交じりあう。いいことばかりではないか、燗世界。もう少しトレンドに乗っても良いと思うのだが。
-T.N.
霜止出苗
シモヤミテナエイズル
穀雨・次候
最近まで「菊正宗」や「剣菱」などの灘の酒を食わず(飲まず)嫌いしていた。大手さんはマーケティングと大量生産で成り立っているんだから美味しくはないよね...と思い込んでいたが、先日灘の酒蔵巡りをして大いに反省し、自分を恥じた。どっしりと深みのあるコクは、今のカプエチ全盛時代に対抗できる強力な味わいであろう。燗ならなお良し。
常温保存できるから無限に在庫を抱えられるのも、また良し。
参考文献
小泉武夫, 日本酒百味百題, 柴田書店, 2000
dancyu 2016年3月号「今回は、お燗。」 , プレジデント社, 2016
一鍼堂ブログ, 【養生訓】酒は人肌に温めるに宜し。, 2018年11月10日, 閲覧2024年4月27日
カバー写真:
2024年4月6日 吉祥寺の「にほん酒や」でいただいた十旭日。酒が美味しいお店は、悉く料理も美味しい。
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