これは恋ではない
ああ、この人も虚無なのだ。
空洞に風が吹き荒ぶ人なのだ。
そうわかった時、全てが腑に落ちた。
私の中にはずっと男性がいなかった。それが不自然だと気付いてはいたが、どうやっても誰にもたどり着けなかった。
そんな時分、ある映画を観た。登場人物の一人がやけに気になり、モデルとなった人物を調べた。調べ尽くした。
一見派手で陽気で女たらしで、一本気で感情がすぐ顔に出て、でもいざという時にはたじろがず泥臭く周囲を支え、親友の危機には駆けつける、そしてそんな思いやりに溢れた部分に照れてしまいわざと乱暴に振る舞いがちな愛すべき人物。
明るいパブリックイメージに覆い隠された剥き出しの姿を夜な夜な探し求め、その人物がDVサバイバーだと明かす動画に行き当たった時、息を呑んだ。
「この人が私のアニムスなのだ」
お互い港町育ちの彼と私は、海の底で背中合わせに膝を抱えて座っている。
聖歌隊で歌う彼、教会で演奏する私。
彼は彼の穴を叩く。私は私の穴を詠う。大いなる空洞を響かせようと、闇へ自分を放り投げる。惨めさに打ちひしがれ、必死に笑顔の虚勢を張る。
彼が胸にむしゃぶりついている時、私は布団をかぶっている。
彼が大人の男性に怯えて身を離す時、私は少年を抱きかかえる。
私は男の人に、彼がするように守ってもらいたかった。
彼は女の人に、私がするように叱ってもらいたかった。
わたしたちのエレジーを同じ風が通り抜ける。すべてを海に託す。
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