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【14日目】ドナドナと私をわたしじゃなくしてくさようなら自己バスの車窓

朝、泣きながら荷物を詰めて、わたしは電車へ走る。

昨日からの続きだ。

絶対に合わない学校に進学してしまった、
そう確信したのは何がきっかけだったのだろう。

教室は常に騒ぎのようだった。
女子が怖かった。
女子は敵だと思っていた。
また嫌がらせをされるかもしれない。

後ろの席の女子は、ギラギラで一軍を形成しようとしていた。

怖い。

そんな中でも容赦ない宿泊学習が行われる。

出席番号が後ろから五番目ぐらいのわたしは、
その一軍とは同じ班になった。

わたしは家を出る時、「行きたくない」「無理」と泣き叫んだ。
同じ夜を共に過ごすなんて無理だ。
荷物を持って、それでも過呼吸になる程、苦しかった。
倒れてしまいそうになりながら、それでも電車に向かう。
この電車に乗れなかったら、わたしは遅れてしまう。
遅れてしまうことは、死を意味する。
一生、遅れたやつだと言われるであろうし、
その時点でクラスからも浮いてしまう。

恐怖の中で、わたしは電車に乗り込んだ。
喉からは血の味がして、首を切られたような感覚に陥っていた。

宿泊学習は白浜だった気がする。
高校の前まで朝早くに登校して、そこでバスに乗り込む。

こうやって書いてみると、わたしは高校の時の記憶を保持しようとしてこなかったのだと実感する。何もかも覚えていない。

それはきっと覚えていない方が幸せなことばかりだったからだろう。
ちょっとずつ心をずらして、気持ちをずらして、空想の世界へ逃げていた。

宿泊学習のメインイベントは、
テストだった。

わたしの高校では、入学前にワークが配られていた。
数学の1000本ノックみたいな緑色のレザーっぽい表紙のワーク。
三桁の足し算から始まることから、我が校のレベルを感じられるだろう。
そう。数学の基礎もできないぐらいの学校だった。

わたしは、数学が本当に苦手だった。
だから、そのワークも本当に苦労しながらやった。
苦しくて仕方がなかった。
連立方程式に一次関数、確率、因数分解と後半になるにつれ、難しくなっていく。

ところで、このワークは三年間ずっと使われた。
8時20分には私たちは登校しなければならなかった。
そして、10分間の小テストが毎日毎日行われる。
月水金は数学のテストで、火木土は語彙読解力検定のテスト。
毎日毎日、ひと範囲ずつ問題が出され、たった5問から10問程度ではあったが、
何点以下は放課後追試として呼び出される。

追試が怖かった。
それは、バカだとバレるのが怖かったのかもしれない。
基本的に一軍たちは勉強などしない。
だから、大半がキャピキャピしたおバカたちが追試をしていた。
そこに入るのが怖かった。

「え、小柳さん、追試なん?」と嘲笑われる。

わたしは、バカになりたくなかったのだと思う。
すごく、バカにしていたんだと思う。
下に見ていたし、下に見ているような人がいる学校に自分が通っているのが嫌だった。苦痛だった。
お前も同レベルなんだぞ、って言われるのが。

だから、わたしは本当に毎日電車の中で勉強をして、何度も何度も問題を解いて記憶して、テストに挑んでいた。

たまに、どうしても数字が頭に入ってこないことがあった。
簡単な因数分解ですら、意味がわからなくなった。
数字を数字として認識ができない。
頭が動かないい。
目もうまいこと動いてないようで、頭はパニックに追い込まれていく。
そういう日は、一点も取れないこともあった。
追試になる。

あとあと、わかったことなのだが、そういう日は決まって
生理であった。

生理になると脳が数学を認識できなくなる。
生理のせいで脳が動かない。
それが泣けてくるほど顕著だった。

「小柳が?珍しいね」
そんなふうに先生も言ってくるぐらいだった。

あの時間はとても苦痛であったが、
中学の勉強を全て自学自習で頑張ったわたしにとっては、
基礎を固めるためにもとても大事なものだった。

話を戻そう。
そのテストでは、国数英をやった気がする。
泣いて、今後に対して大きな不安に取り憑かれたわたしは
ろくに解けなかった。

だけど、みんなも解けていなかった。
そういうものだ。

夜、お風呂の時間まで待機する時にやっと部屋に通された。
班ごとに部屋は割り振られていて、
わたしは一番端っこに陣取った。
大事にiPodに触れた。それだけがわたしをわたしとして、繋ぎ止めてくれるものだった。

「小柳さーん」

突然、後ろの席の一軍に呼ばれた。
「これ見て」
彼女はスマホを持っている。
バレたら没収だというのに、平然とそれを持って、
ニヤニヤとしている。

アパートの一室。壁にはスプレーで書かれた落書きがあり、
「こえー」という声が聞こえる。
男性たちが肝試しをしているようだった。
ふっと、入ってきたドアを写した。
ドアが閉まる瞬間、外側から顔がのぞいている。

そんな映像だった。

心霊映像だった。

思えば、彼女は部屋に着いた途端、
写真アプリのSNOWで部屋を映していた。
それは、怪談界隈でも有名な幽霊を確認する方法だった。
幽霊がいる部屋では勝手に顔認証をして、フィルターの犬の顔が現れたりする。

彼女はきっと、わたしに嫌がらせをするつもりだったんだろう。

だけど、わたしは、心霊映像が大好きで、
ニコニコ生放送で毎年行われていた『百物語』の期間は。
ずっと流していたような人間だった。
『コワすぎ』が好きで、『世界の怖い夜』が好きで、何度も繰り返し見ていた。

なのに、その映像は見たことのない映像だった。
そして、程よく怖い。
何これ、何、いいじゃん、え、続きも見たい。

びびらせて笑いたかったであろう彼女たちは、拍子抜けしたように次の人にその動画を見せに行った。

なぜだか、そんなことだけ覚えている。

集団行動の時間もあった。
ホテル近くの体育館をわざわざ借りてきて、
笛に合わせて動く。
揃うわけもなく、頭ごなしに怒られる。
これは、洗脳や調教だ。
統率を取るためのカマシだ。

その後は、飯盒炊爨をしたはずだ。

一軍たちは、ご飯を食べた後何も片付けをせず、遊びに行く。
準備もまともにしていなかったのに、
残ったものを全てわたし一人で洗っていた。
自由時間は全て、片付けで終わった。
でも、中途半端に遊ぶよりもよっぽど良かった。
やることがある、やってていいことがある。
いい子でいられる。

もう一人、同じような子がいて、仲良くなった。
三年間一緒のクラスで、一番仲良くしていた。

だけど、そんな子とも卒業後一度も連絡をしたことはない。

もう会うこともないだろう。

わたしは所詮はそういう人間なのだ。
バカなのにバカだと思われたくないし、
いい子でもないのにいい子のふりをする。

本当に悔しかったんだ。
地に落ちたと思った。
イカロスのように太陽に飛ばなければ、落ちなかったのに。

もっと、気楽にやれば良かったのに。

だけど、それでもわたしは学校に通い続けた。
ちゃんと通って、卒業をした。

中学基礎からきっちりやってくれる数学教師のおかげで、
わたしは数学でもちゃんといい点数が取れるようになった。

オール5を取ったし、
コース1位も取り続けた。

努力は報われることを感じた。

でも、その過去の栄光に縋っている。
まだ、縋っていて、うまく前を向けていない。

やっぱり、わたしは。

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