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どういう気持ちでnoteを書いてるか
改めてのご紹介になるが、noteは思考の吐き出し、消化、整理の場として使っている。感覚よりも思考優位の僕は、運転中、電車中、散歩中、常に何かしらのことを考えている。その状態はもはや『考えてる』とは言わず、仏教で言う雑念にあたるのだが、それはその方向で(マインドフルネス的なベクトルで)対処するとして、とりあえず沸き起こった疑問、モヤモヤ、カオスは"文章"にすることで消化させている。
誰に見られるでもない紙のノートに日記を書く習慣はもともとあった。その一部を今はnoteに書いている。僕が思ったこと、知ったことが誰かに届き、それについて共感してもらえるのはすごく嬉しい。
僕自身、いい文章やいい歌詞をみて「この人もこんな風に考えてるんだ…!」と感じたとき、すごく嬉しい気持ちになる。静かな安心感を得られる。あなただけじゃない。というのはとても支えになるメッセージだ。
そんな体験があるからこそ、自分と似たような悩みや状況にある人に届いたらいいなと思って書いている。その人の解決策になるかはわからないけど、「同じような感覚で生きてる人がいるんだ」と知ってもらえたら嬉しい。
正直に書いた文章にもらえる『いいね』や『コメント』には格別の喜びがある。「会えましたね!」的な喜び。会ったことも喋ったこともない人を「友達」「仲間」とは一般的には言わないだろうから、いい言葉が見当たらない。『知り合い』と言うには少し違う。「お互い大変ですが、離れたところで一緒に頑張ってやっていきましょう」という気持ち。同志、が近い言葉かもしれない。
主人公やマイノリティ、「みんなとは違う特別な私」を積極的に演じるつもりもないが、どうしても一般・普通というものから疎外された感覚をもって常に生きている。こう書いてしまうと「"俺は人とは違う"って言いたいんだろ?」と受け取られる可能性がどうしても発生してしまう。弁明に使う気力もないのでそれでもいいのだけれど、そうじゃないんだよなぁと思う。
もっと気軽にスマホゲームを楽しめたら。
もっと芸能人のゴシップに熱中できたら。
もっと流行りのアーティストに没入できたら。
もっとくだらない日常の些細ないざこざに心躍らせられたら。
同じような感じで、友達、同僚、先輩、家族、恋人、そんな身近な人との間にギャップを感じてる人、加えて
心の内を素直に言葉にしようものなら、
「なにかっこつけてんの笑」
「なんでそんな面倒なこと考えてんの」
「頑張るねえ〜もっと楽に行こうよ」
「いいから、寒いって」
と言われてしまう人。そんな人に届いたら嬉しい。
現代においてインターネットやSNSの弊害はたくさんあるだろうが、いい時代になったと僕は思ってる。かつての旧日本村のような世界(地域社会)では、僕のような人間は村八分か異端思想として真っ先に吊るし上げられてたはず。インターネットはそんな人間同士を繋いでくれる。
いいね数が多いことにも嬉しさはあるのだけれど、それよりも大事なのが、「まさに私のことだ!」と感じる人に届くこと。それは世界に5人であっても構わない。ネットのせいでみんな数字感覚がバグってるけど、まじで気の合う人が世界に5人いて、繋がれてる状態ってやばいからね。普段連絡取り合う友達なんて、せいぜい2-3人でしょ。それが5人くらい、もっといくと10人ぐらいに届くなんて最高。そんな感覚で書いてる。
ただしジレンマもある。月の裏側で一生懸命ハンバーグを作っても誰も食べてくれない。
「芸能人の誰々が今人気!」
「政治のここが悪い!」
「モテる人の特徴は〜」
「今熱い株の銘柄!」
みたいな話に興味を持てたらよかったんだけど、この世界とは、人間とは、生きる意味とは、不安とは、みたいなことの方がよっぽど重要に思える。そこに興味がある人間ってクラスに2人もいない。学年で見てもいない(割合的な話ね)。
今のSNSのアルゴリズムは大衆文化寄り。より多くのいいねを集めたものが、より多くの人に届く。ニッチは拡散されにくい。ニッチも地道にやってればある程度見つけられたりもするが、まあ厳しい。届いてほしい人に届くためには、ある程度多くの人が求める要素を混ぜる必要も出てくる。より拡散されるために、多くの人からの共感をもらうことに振る選択もあるだろう。僕もこことは全く別の分野で、そのスタイルをとった経験がある。善悪の話ではなく、スタイルの話。
このnoteはなるべくそうはしたくない。
届けたい人への内容の純度と、届くために仕掛ける仕組みのバランスが自分にとって気持ち悪くならない範囲でやっていけたらいいなと思ってる。そこに不変の正解はないし揺れ動くもの。模索しながらやっていきたい。