新幹線の中でふと思ったことを書いてみる
英語の学び直しのつもりで受講していた代々木ゼミナールの講義の中で、浪人生時代から尊敬してやまない富田一彦先生が以下のような雑談をしていた。
"子離れできない親が多いんだってね。
みんなは大丈夫?あれは思うにお前達がいけないんだよ。全然反抗しないでしょ。高校生になるまでに1人で泊まりがけで旅行行ったことある?最近ないんだってね。
私は小4の時に初めて北海道に旅行に行った。許してもらえるんですかって?くれる訳ないじゃないの。行っちゃうんですよ勝手に。もう帰ってきたら折檻ですよ。それでも何度か行ってると慣れちゃうんだよ。敵を慣らさせるってことをしなきゃ。"
なるほど、残念ながら先生ほどの行動力はなかったが、確かに僕もはじめて京都の父親の実家に一人で新幹線で帰ってみたいと思って、実際に行ったのも小学校三年生か四年生の頃だった。東京駅までは親父が送ってくれて、京都駅のホームには祖父が迎えにきてくれていた。
携帯もない時代だったが、おそらく車内から公衆電話で自宅や実家に電話もして、無事を報告したりもしたのだろう。
いつからかは忘れたが物心ついたときから新幹線が好きだった。圧倒的なスピード、美しいフォルム、走るごとに車窓からの眺めは変わるし、向かう先は普段は会えない祖父母の家だ。新幹線に乗ったときにアイスを買ってもらえるのだが、我が家では何故か名古屋を過ぎるまで行儀よく乗っていられたら、というルールがあった。
名古屋を発車してから、7号車だか111号車にあった売店に行き、抹茶だかチョコレートだかのアイスを買って残りの乗車を楽しんだ。
また、新幹線にはグリーン車などという少し高い席があり、普通車よりも快適らしいということも知った。もちろんそんな車両に乗せてもらえることはなかったので、いつか自分でお金を稼げるようになったらグリーン車で東京〜京都を嫌というほど往復するぞと、しょうもないけどささやかな夢を持った。
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今この文章を新幹線の中で書いている。
のぞみ99号広島行き、大阪までの出張で、ちょうど小田原を通過したところだ。新大阪に着くまではまだ2時間はかかるだろう。調べてみたら公私あわせて今年21回目の東海道新幹線への乗車らしい。
EX予約の特典を使えば確か6往復でグリーン車にも乗れる。いざとなったらグリーン料金だって払える。大人になった僕は当時の夢をそこそこ叶えた事になる。
確かにこれは子供の時に思い描いた理想だ。月に二回は大阪の同僚との打ち合わせや確認のために出張し、その度に新幹線に乗っていると聞いたら当時の僕は大喜びだろう。
しかし本当に楽しいかと言われれば、一呼吸置かざるを得ない。
年を取るということは、責任を負うことであると思う。僕は今や14歳の夢見る子供ではなく、家族を食べさせていく責任を持った34歳のおじさんだ。仕事として出張する以上きちんと遂行する。今新幹線に乗る目的は、1割くらいは楽しい旅行だが残りは仕事だ。会いに行っていた祖父も祖母も、もう居ないのだ。
少しの間といえども、やはり子供と離れて過ごすのは寂しいし、出張の頻度を落とそうかとも思う。以前は月曜日の朝から打ち合わせに出るために前乗りしていたが、それをやめ、打ち合わせの時間自体を変更してもらった。日曜日の夕方に1人で新幹線から夕焼けを見る虚しさは、予想以上に辛いものがある。
また、こんなに乗っていると興奮も薄れてくる。昔は富士山を見て、茶畑を見て、車窓を楽しんだものだが、今や静岡を過ぎてしまえば睡魔に襲われ、三河安城の定刻放送が目覚ましがわりだ。もし今アイスを買うなら、売店は無くなってしまったし、なかなか巡り合わない車内販売で買い求める時には米原を通過する頃。しかも最近はカチカチに固まり"シンカンセンスゴイカタイアイス"などと呼ばれはじめたものを10分かそこらで完食しなくてはいけない。
結局、うたた寝の後にはコーヒー辺りを買って読書かスマホを触るくらいがちょうどいいのだろう。
ではそんな新幹線を今どう思っているか。
苦手になった?いやいや、昔と変わらず、乗るのが楽しみだ。
僕は新幹線に乗る際にひとつ決めていることがある。仕事は絶対にしない、ということだ。
もちろん車内で仕事をしても生産性が上がらない、ということもあるが、やっぱり自分の中では、新幹線に乗っている間は楽しく過ごしていたいのだ。
特に最近は朝から晩まで会議だ作業だ決裁だとやる事だらけで、移動時間は何もしなくて済むリフレッシュの時間になっている。一昔前はエキサイティングだった空間は、今は僕を穏やかに焦燥から切り離してくれるものに変わった。
ちなみに休みの日に1番やりたいことは、やっぱり新幹線で旅行に行くことだったりする。普段は乗らない東北新幹線がいい。一泊くらいで出かけたいが、小さい子がいる身には少しハードルが高いだろう。
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のぞみ99号は今ちょうど静岡を通過した。
外はもう真っ暗で景色なんて見えない。
車窓を見るのはやめにして、残りの時間は持ってきた本でも読んで、頭をオフモードに切り替えよう。また明日から仕事に集中できるように。
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