ペルシャ絨毯と魔女
いつも前を通りながらなんとなく気になっていたお店があった。
たぶん絨毯屋さん。アラジンの魔法の絨毯みたいな柄で、入口のガラス越しにのぞくと家具なども一緒に置いてある。わたしが通りかかる時にはいつも閉まっていたのだけど、ある日やっと入ることができた。
壁いちめんに高そうな絨毯が掛けられていた。けっこう広い。床にもさまざまな大きさの絨毯が積み上げられている。模様や色を眺めていると、絨毯に混じって2枚の絵が飾られているのが目に入った。
砂漠の国の遺跡と、古い石像。ひとつはかわいた昼の絵、照りつける日射しと風の音、砂ぼこり。もうひとつは水辺の夜の絵。熱帯植物と星座、虫の声。どちらもすてきだなあと思っていたら、奥から女のひとが出てきた。50代くらいで細身の黒いパンツスーツ、はっきりした顔に濃い目のお化粧。魔女っぽい。おなじ仕事をしているのでわかる。どっちにしても、やり手の魔女だ。
「あの絵はどなたが描かれたんですか」
魔女は絵のことを聞かれたのが意外な風で、ちょっと不思議そうな顔をしながら教えてくれた。
「あの絵は…はじめはわたくしどものお客さまでしたが、その後親しくさせていただいている方が描いてくださったんです。90歳のおじいさんですよ。」あ、なんかやさしい魔女みたい。もうすこし聞いてみることにした。
絨毯はペルシャ絨毯で、イランに買い付けにいっていること、大きさの種類のことなんかを簡単に教えてもらった。おじいさんの絵に描かれているのは、ペルシャ帝国の王の石像らしい。
絨毯は小さいものなら、はじめから終わりまで、図面などは見ずにひとりのひとが織りあげる。大きいものだとさすがに織り図があって、4人で3年がかり(!)などなど。
聞いてみると、向こうのひとも履物は脱いで、絨毯に直に座るらしい。食事のときはその上に布を敷いて、ごはんを並べてみんなで囲んで食べるんだって。ピクニックみたい。わたしは絨毯の上にころがって眠ったり、本を読んだりするじぶんを想像してみた。いいなあ、気持ちよさそう。
積み上げられた絨毯を触りながら魔女と話していると、だんだん絨毯が持つ記憶のつぶが動きはじめて、たくさんのひとの時間や気持ちが空気の中に混ざってきた。わたしは感じることをゆるされて、知らない国の、知らない人々をみて、知らないことばをきいた。楽器の音、ふしぎな食べもの、におい。
それはなんていうか、月みたいに、いつもはわたしに同じ側だけみせている空気のつぶが、みんな一気にくるっと半回転して、ひみつの裏側をみせてくれたようなかんじ。魔法かな?
「どれも世界に一枚。同じものはありません。それはアートなんです。」
いつもはペルシャ人の店長さんもいるらしい。お礼を言って、お店を出た。どんな大きさのどんな柄にしよう?すっかりほしくなっちゃった。あー、さすが魔女だなあ。