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今日の引用 2021.4.19. 熱中した経験

"電車の中でちょっとした事件があったのだ。いつものように古書目録を見ていたら、すでに「古書目録の楽しみ」のところで触れた本だが、雑誌「作品」などを出していた小野松二の『十年』が、千五百円、ひと桁ほど安いではないか。
「よっしゃ、携帯で注文しよう」と思いたかったのだけれど、残念ながら携帯は持っていない。私はこのとき非常に慌てて、取り乱してしまった。よっぽど近くの席の女子高生に借りようと思ったのだけれど、

「あの小野勇のお兄さんの本、ほら『辻馬車』っていう雑誌あったやろ、小出楢重の表紙がええなあ、作品社の小野松二やないか、なんや知らんのかいな、まあええわ、これ絶対安いんや、ちょっとその携帯貸して」

もしこんなことを言えば、どこに突き出されるか分からない。追い詰められたが、ぎりぎりのところで我慢した。そんなこともあり、近々古本専用の携帯が必要になってきそうな予感がする。"

関西赤貧古本道|山本善行 p146-147

なかなかこういうことってない。いや、いまだかつてあっただろうか。興奮して我も忘れそうなこと。何かにこうまで熱中できること。この「関西赤貧古本道」では、著者山本善行さんがいかに古本に熱中しているか、その様子がたびたび出てくる。この本自体はいわば「古本屋の歩き方」というような本で、僕らブックオフ世代には馴染みのない古本屋の世界が、古本歴30年の山本さんによって、その熱狂とともに紹介されている。

何かに熱狂して我も忘れそうになったこと。自分だと、旅行で新しい街に降り立ったときだろうか。そこに待ち受けている未知であったり、無知であることを前に昂ぶっていた。行ったことがない場所、今まで行ったどことも似ていない場所、何も知らないところに足を踏み入れることで、気分が昂ぶる。僕が進んで同じ場所へ旅行しないのはこういう理由から来ている。

例えば記憶に新しいのは、ガーナへ初めて行った日。空港に送迎の車が迎えに来ていたんだけど、車に乗るときに注意を受けた。「車中から外の写真撮るのはやめてね。こっちに向かってきたり石投げられたりするから」

これは後に、マナーさえわきまえていればそこまで注意するほどのことでもない、ということがわかった。しかし過去実際に起こったトラブルであり、ある意味において、その土地を表す洗礼の言葉だった。僕は少し神経が昂ぶった。

空港から街に着くまでの道のりは、だいたいどこの国でもいい体験だった。空港はへんぴな場所にあり、そこからだんだんと街に近づいていく。徐々に建築物の形や道路状況、人の生活が見えてきたりする。洗練されてるなーとか、ボロボロだなーとか、バイクが多いなーとか、道路ボコボコだなーとか、人多いなーとか、子供が多いなーとか、その国のファーストインプレッションは空港ではなく、空港から街に着くまでの道中にある。しっかり目を凝らして見ることができるのもいい。いざ街に着いてしまうと、そんなジロジロと見てられない。

古本の話から遠ざかってしまった。山本さんの興奮した様子をもう一つ引用しておきます。

"長い間探していた『昔野』を目録で発見したときは思わず座り直した。それに千五百円と値が付けられているのを見たときから電話で注文できたときまでは興奮状態ではっきり覚えていない。丁度そばに子供たちがいたのだが、子供たちによると、そのとき私は何やらわけのわからない声を発したということだ。注文できたあと、子どもたちの手をとって踊りまわったのは覚えている。"

関西赤貧古本道|山本善行 p118

ここまでではない。やっぱり。日常生活の中でこういう体験ができる事は、実に羨ましい。山本さんの古本本はまだいくつか出ており、買って読もうと思う。とりあえず「漱石全集を買った日―古書店主とお客さんによる古本入門」「古本泣き笑い日記」あたりかなー。

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