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【食×本 読書録】"キッチン・コンフイデンシャル"

食文化を読み解き、言葉を綴る食作家を目指し、
智慧を育む本との出会い、読解をしたためます。


今回は、
アンソニー・ボーディン 著 / キッチン・コンフイデンシャル
です。

CIA(米国料理学院)出身の異色シェフ(なにしろ2冊の傑作犯罪小説の著者でもあるのだ)がレストラン業界内部のインテリジェンスをあばく。
2001年に初版が出るや、たちまちニューヨーク・タイムズ紙がベストセラーと認定し、 著者は自分の名を冠したテレビ番組のホストという栄誉を得(その後離婚と再婚もした)、 料理のセクシーさに目覚めた(血迷った)読者をしてかたぎの職場を捨て去りコックの門を叩かしめた(という実例を私は知っている)、男子一生の進退を左右してやまない自伝的実録。 

ということで、初版から20年近く経った今も、名著として読み継がれている本です。

この本の魅力は、やはり類まれな観察力と言語化力。筆力の高さと言えましょう。
中身は下品とユーモアの綱渡りのような表現を巧みに扱うのが印象的で、個人的には"The Dirt(モトリー・クルー自伝)"のような、過激で破天荒な時代観を想像しながら読んでいました。

読者よ。私が初めて本気でシェフになりたいと思ったのはその瞬間だった。

最初のかまし、"ファーストコース"でしっかり読者の関心を掴む上手い文章を書くなぁと思わされました。
著者がなぜシェフになろうと志したのか。このくだりは秀逸だと。
いわんや、まさかのシェフによる花嫁のNTRを目撃したからであり、アホや。と思わせながらも、スリル、官能、快楽、ヘイトを正直な言葉で表現し、グイグイ読者を惹きこませる。いかにも80年代アメリカの直情的な感性を巧みに言語化しながら、穢らわしくも面白く、また別種の高潔さも感じられました。
読んで、「オレもシェフになろ!」と、思っちゃったよねぇ〜。

著者が経たすったもんだの紆余曲折、タイトルは"キッチン・コンフィデンシャル"とあるだけに、「厨房の機密」を、脚色強め、ハイライト濃いめに暴露しているとは思います。
こういった内輪ネタで盛大に書きまくると、読者は置いてけぼりになって面白みに欠けてしまうものですが、この本は専門用語盛りだくさん、隠語大好き!といった具合にも関わらず、最後まで読み応えがあるのはなぜなんでしょう。

おそらくは、
未熟な精神を宿す人間というものが、いかに滑稽で愛らしいか。
これを明け透けに伝えてくれているからかもしれません。
そして、著者を含めた人びとの立ち振る舞い、考え方、悲喜交々。
愛憎渦巻く狭い世界のなかで繰り広げられるやりとりは学び深いものがあります。
ならず者たちを統べるリーダーとして、プロフェッショナルとして、一介の人間として。自分ならどうするか、と照らし合わせて考える面白さ。
それとともに、業界や国柄や時代背景など圧倒的に価値観が違うのに共感を覚えたりする。
この俯瞰的な見解と親近感を持てることがこの本の魅力な気がします。

"あの時代"を体験した著者だからこそ書けた、歴史書的なアメリカ文学の側面をもちながら、エンターテインメント文学としても傑作です。
東京での滞在記もあり、海外の視点から見た日本を学ぶこともできます。

まずは面白く食文化を読み解く足がかりとして、この本をご紹介しました。
今後も、食文化を学びながら、作家として綴れるものが出せるよう読書録を重ねていきます。
この発信で少しでも食文化と本の魅力が引き出せるように。
そして、1000冊。食関連の本を読み、その価値を提示していきたいと思います。

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