Buescher AristocratとChet
BuescherのAristocratモデルというトランペットについて、このモデルの名前をご存知の方は十中八九Chet Bakerが好きな方だろう。
Buescherという管楽器メーカーはサックスなんかも作っていたから、総合管楽器メーカーだったのだろう。決して超高級ブランドではないけれど、なかなか良い楽器を作っている。
私は、今まで何台かBuescherのAristocratモデルを所有してきたけれど、どれも期待を裏切らない良くできたトランペットだった。Aristocratはいわゆるスチューデントモデルなのだけれど、そこに止まらない魅力がある。
バルブケージングの流線的な形など、さりげない個性を持つルックス、拭きやすさ(特に柔らかい音色の出しやすさ)はこのモデルの魅力である。
Chet Bakerはこの楽器を長年メインで使っていた。
彼がこのモデルを選んだのは、おそらく音色とか、そういうのではなくて、ただ単にこの楽器が安く手に入ったからなのかもしれない。けれど、Chetはこの楽器が気に入っていたようで、長年手放すことなく吹いていた。
Chet Bakerは若い頃MartinのCommittee Deluxeを愛用していた。話によると、Martinの工場に行って10数本の中から自分の楽器を選んだとのことである。MartinのCommitteeにしたのは、それがMiles Davisも愛用する楽器であり、当時のハードバップトランペッターの多くがこの楽器を手にしていたからだと推測できるけれど、MartinのCommittee DeuxeはCommitteeよりもソフトな音色が出しやすく、勢いよく吹くとパリッと鳴る音色のパレットが広い楽器であることからもジャズトランペッターが愛用したのも頷ける。
Chetは麻薬の関係でアメリカにいられなくなり、ヨーロッパで活動するようになる。ヨーロッパで録音し始めた頃はこのMartinを使っていたようだけれど、程なくして手放してしまい、それからはセルマーのフリューゲルホルンを演奏するようになる。
アメリカに帰国し、プレスティッジに吹き込んだアルバムもそのフリューゲルホルンで録音している。フリューゲルホルンのソフトな音色が好みだったのかもしれない。
再度ヨーロッパに戻り、アムステルダムを中心に活動するようになってしばらくはConnのConnstellationを吹いていたようだけれど(彼はその楽器をCTIでの録音の際にディジーガレスピーから贈られたと聞いたことがある、真偽は不明だが)、手放してしまったようでBuescherをメインに使っている。
Connstellationは少し息を入れただけで、馬鹿でかい煌びやかな音がなる楽器なので、Chetのスタイルに合っていなかったのかもしれないが、Connで録音されたアルバムを聴いていても、やっぱりChetのソフトな音色が聴こえてくるのが不思議だ。
Buescherの楽器を手にしたのは若き日のMies Davisがマラソンセッションの際に借り物のBuescherを使っていたという話の影響もあるかもしれない。(MilesはChetにとってはアイドルだっただろうから)
Chet以外で、BuescherのAristocratモデルを使っている有名トランペッターといえば、ダスコ・ゴイコビッチぐらいだろうか。彼はBuescherが好きだったらしく、Aristocrat以外にもTrue Toneなんかも吹いている。彼のスタイルにも合いそうな楽器であることは確かだ。
私の店にも一台BuescherのAristocratがある(価格:110,000円)、今朝この楽器を掃除していたら、Chetのことを思い出したので忘れぬように書いてみた。