最先端を追い求めなくても新しいサウンドは作れる(Nicholas Payton)
ニコラス・ペイトンといえば、1990年代ごろだろうかトラディショナルなジャズ(ニューオーリンズ風の)や、ちょっとウィントン・マルサリスのエピゴーネンのような作品をリリースしていた記憶があり、私自身も1990年代に一二枚アルバムを買って聴いていただけで、その後ノーマークだったのだ。
昨年、YouTubeを見ていたら突然ニコラス・ペイトンの動画が上がってきていて観ていたら、これがカッコよくて、すぐにアルバムを購入して聴いた。
私が知っていたニコラス・ペイトンはBachのストラッドを吹いたり、その後モネットの楽器を吹いたりしていたのだけれど、そのダークなトーンもどこかウィントン・マルサリスを思わせるものだったので印象が薄かったのだけれど、今はニューヨークBachを吹いているようだ。そのせいもあるのか、歳をとったせいか音にも彼自身の個性が強く出てきた印象がある。
私の知っているNicholas Paytonはトランペッターなのだけれど、YouTubeを見ていると、彼はHohnerのクラヴィネットとRhodes Suitcaseの前に座り鍵盤楽器を弾いていた。それも結構かっこよかった。鍵盤楽器にも彼のスタイルのようなものがあり、少ない音符で印象深い。鍵盤楽器を弾きながらトランペットも吹くといういわゆる”同時吹き”をやってみたりするのだけれど、それが曲芸というのではなく、あくまでも彼のサウンドをそれらの楽器で作り出しているという印象があって好感が持てた。
トランペットのアドリブももちろん達人であるから、速いフレーズなんかも吹いたりはするのだけれど、どちらかといえば音符を抑え気味に吹いていた。
それから、Nicholas Paytonのアルバムを振り返って聴いてみたのだけれど、個人的には近年の彼の作品が好きである。トランペット、アコースティックピアノ、Rhodes、Clavinetとサンプリングを駆使して演奏される彼の音楽はJazzという枠の中でありながら、ジャンルを超えた自由度があり、ブラックミュージックの文脈をなぞりながら、難解さよりも音楽を聴かせることを優先していて、何よりもカッコいい。
Jazzの歴史の中で、マイルス・デイヴィスはJazzという枠を広げていき、ついにはJazzの枠を離れたりしながら彼の音楽を作り続けていったのに対し、Nicholas PaytonはJazzという音楽の枠に留まりながらも、そこに新しいようでレトロな要素を少しだけ加えて自分の音楽の味付けをしているような印象を受ける。Rhodes、クラヴィネット、サンプリングはその調味料のようなものであり、音楽の元にもなっている。
単なるガジェットではなく、「そういうサウンドの音楽」というものを一つ完成させているのである。
古いジャズのファンにとってみれば、ちょっと聴き慣れないような音楽であるだろうし、今のブラックミュージックのファンにとってみればちょっと古臭いかもしれない。けれど、彼はそれを意図的にやっているのだろうし、音楽は必ずしも進歩しなくても良いものを作ることはできるのだという証明とも言える。
彼が若い頃ニューオーリンズジャズに敬意を払っていたのと同じぐらい、彼の今作っている音楽は懐古趣味的ではあるし、Jazzという「古い」ことをやっているのだ。それでも彼の今の音楽は良いし、今まで私が聴いてきたオーソドックスな(1940〜1960年代の)ジャズの良さと、2000〜2020年代の音楽のかっこよさも併せ持っている。
多くのJazz出身のミュージシャンが「先端」の音楽を目指してきたのに対して、彼の音楽は最先端では無いところで、現在に至る歴史に敬意を払いながらそれらの魅力を現代に伝えていると言える。