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カウンター上のセレナーデ

【セレナーデ(Serenade)】恋人や女性を称えるために演奏される楽曲、あるいはそのような情景(wikipediaより)

好きなことを仕事にしても後悔することはある

バーテンダーという仕事を選んだことを後悔したことが一度もないかといわれるとウソになる。

1度目は長く付き合って結婚したいと思っていた恋人に仕事を原因にフられてしまったとき。(生活リズムもあわない、不安定な職業の男と結婚したいと思う女性がどこにいるのだろう)

2度目は30を過ぎて身体が動かなくなることが増え、このまま死ぬまでこの仕事をすることができないのではないかという恐怖を覚えたとき。(僕はもともと身体が強いほうではない)

正直、給料は安いし世間体も悪い・・・自分でいうのはなんだけど根がまじめな人間だからそんなつまらないことを気にしてしまう。それでもこの仕事を辞めようと思ったことは一度もないし、いまでも心から楽しいと思って仕事をしている自分は幸せものだと感じる。

いったい、まわりに明日仕事に行くのが楽しみで、年末年始やお盆に3日も休みが続くと早く職場に立ちたくてソワソワする人間がどれだけいるだろうか。

好きなことを仕事にした結果、いま僕はニートだ

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うまくいかないことだって多い。

これを書いている2020年の5月、ぼくは事実上ニートだ。

2020年突如として世界を襲った新型コロナウイルスによって、ぼくら飲食業に携わる人は想像を絶する窮地に立たされた。

当然僕が働くバーも休業を決めて、いまなお再開の目途は具体的にはたっていない。

僕はフラれた彼女が、僕と一緒になることを選ばなくてよかったと思っている。もしあの時、これからも一緒にいることを選択していたら、万が一新しい家族でもできていたなら、きっとそこに明るい未来はなかったんじゃないだろうか。

バーテンダーとして生きるとは常にそんなリスクと隣あわせでいらなければならないということだ。

なぜ僕らはバーテンダーに魅せられるのか

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ではどうしてそんな仕事に僕らは魅せられてしまうんだろうか。

ほとんどのバーテンダーはこの仕事をはじめるときモテたいからという理由で選ぶ。

やりはじめるとその奥の深さと難しさと現実に気づいて、チャラついた気持ちのやつはいなくなり(モテたいだけで続けていくには、わりにあっていない)、本当にバーという空間を愛せるものだけが生き残っていく。

カクテルの技術を極めること、ウイスキーについて詳しくなること、美しいグラスを管理すること、かっこいい立ち振る舞いを身に着けること、ゲストの居心地を最大限に高めるためにあらゆる教養を学ぶこと・・・あらゆる努力をして僕らはお客様に最高のサービスをしたいし、それをしている自分が好きだからこの仕事を続けているのだ(僕の先輩はバーテンダーは表現者だと語った。これはひとつの真理だと思う。)

それと同時にバーテンダーはきっとカウンターを通して出会うありとあらゆるお客様との出会いを楽しみにしている。本当に世の中にはいろいろな考えの人がいて、そうした人たちとお話ししているだけで退屈することはない。

たまにクセの強いお客様に辟易して気の合う友達とだけ話していたくなる時だってあるけれど、結局数日すればまたあのカウンターに立ちたくなるんだ。

バーで一番盛り上がるのはコイバナ

バーではあらゆるトークテーマが縦横無尽に行きかう。

みんな酔っぱらているから、そしてプライベートな知り合いじゃないからこそ浅い話から深い話まで。

特に恋愛の持つ力はすごい。僕がどれだけ腕を磨いて作ったカクテルも、コイバナで盛り上がるゲストや愛を語り合うカップルの前では話のつまみにしかならない。でもそんなとりとめもない赤の他人の恋の話を聞いてるときが僕は一番好きだったりする。

カウンター上のセレナーデ

いろいろなエピソードをいろいろなお客さんに話していると「バーテンダーさんは本が書けそうですね」とよく言われる。

(もちろん守秘義務があるから誰の話とは言わないし、話の趣旨は守っていてもパーツはばらばらに組み替える。なんなら今の店の話としても話さず、遠い昔に努めた店のゲストの話として話す)

僕なんてほんとうにしがないバーテンダーで、もっとネタになるゲストを相手にしているバーテンダーさんはたくさんいるから、本にするならその人たちに話が行くだろうし、じっさいにそうして本を出版している方はたくさんいらっしゃる。

でもこうやって人生はじまってから一番長い休暇のなかで、ふとバーテンダー生活を思い返したときに本当にたくさんの人に出会ってきたなと、いってもたってもいられない想いが込み上げてきた。

ごくごく平凡なバーテンダーがカウンターを通して出会ったたくさんの名もなき人たちとのエピソードはわざわざ本にして出版するほどのものでもないけれど、こうして徒然に書きつづって誰かの暇つぶしにでもなってくれればそれは悪くないかもしれないな、と。

だからこれは、バーに訪れた名もなきゲストたちの大切な人への想い、そして名もなきしがないバーテンダーから読んでくださる皆様に向けた「カウンター上のセレナーデ」なのだ。

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takumi@バーテンダー
いただいたサポートは将来自分のお店を開店するための開業資金として大切に貯めさせて頂いております。いつの日か皆様とカウンター越しに出会えることを祈って―。