【エッセイ】夕凪の心残り
夕日が西に傾く頃
波風がぴたりと止むのが分かった。
僕は歩みをふと止めて
振り返ってシャッターを押した。
20代の折り返し地点に立ったとき
それまで自分に
惜しみなく吹き込んでいた
夢や希望の類のものが
ぴたりと止んだのが分かった。
会社員は思ったより偉くないし、
貯金残高は思いのほか増えない。
朝までカラオケで歌い飲み明かすくらいなら
自分のベッドで眠りたいし、
一度温泉に浸かったくらいじゃ肩こりは治らない。
甘いケーキも燃え上がるような恋も
胸焼けして毎日は食べられない。
それと同時に、
自分が本当は何が欲しくて
そのためには何が必要で
その代わりに何を捨てるべきなのか
頭の片隅では気付いていたような気もする。
昼間、海から陸へと
強く吹き込んでいた風と
夜間、陸から海へと
静かに吹き戻っていく風が均衡を保ち
荒々しくも清々しかった
20代前半の風が静まった。
夕凪の時が訪れた。
歩みを止めて振り返り
シャッターを押した瞬間、
これまで海風で舞い上がっていた
20代の戦利品たちが
僕の足元に混沌と散らばった。
どれも捨てがたかった。
だけどすべては持てないと思った。
欲しいものと必要なもの
あと、どうしても捨てられないもの
しゃがみ込んで拾い上げたら
すぐに両手は塞がった。
僕はそれらを抱えて立ち上がった。
夜が訪れた。
陸風がぴゅーっと音を立てて
僕が拾えなかったものたちを
綺麗にさらって海に帰っていった。
そうして僕は今
人生の夜を過ごしながら
静かに朝を待っている。
夜は思ったよりも長くて寒くて
どうにも不安で心細い。
夕凪の僕の取捨選択は
本当に正しかったんだろうか。
両手に抱えるこの荷物だけで
無事に朝を迎えることが
できるんだろうか。
僕はじっと暗闇に耐えながら
抱えた荷物を大事に握りしめて
今日も夜を生きている。
そういえば、
まだ会ったこともない友が教えてくれた。
「知ってる?
夜明けの直前が、一番暗いって」
僕の夜明けも、もうすぐなのかな。
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