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土砂降りが楽しかったときの話
大雨とか雷が好きだ。
大雨や落雷の音、稲妻なんかに大喜びする。
カッコつけて言えば、自然のエネルギーを感じられるようで興奮するのだ。
ただし、好きの結果として出てくる言動がちょっと尋常じゃない自覚がある。
気象予報士が「今日はなるべく屋内にいてください」と言う日にわざわざベランダに出て、興奮のあまり雨や雷に紛れてちょっと叫んだり跳ねたりする奇人である。
私にとってはそれが結構楽しいのである。
狂人と言った方が適切であろうか。
そんな私がまた別に楽しかった経験を書く。
特に出かける用事のなかった冬のある日。天気予報は曇りのち雨。
私は気分転換と運動をかねて散歩に出かけた。
家を出るとき雨は降っておらず、降り出す前にすぐ帰って来ればいいと考えていたため、傘は持たないことにした。
歩きはじめのうちは雨粒を感じることはなく、早く帰ったほうがいいかななどと考えながら何となく足を動かしていたのだが、途中で地面に点々と模様が現れた。
雨は徐々に強くなり、あっという間に車の走行音もかき消されるほどの土砂降りになった。
寺の近くを通りかかっていた私はその敷地内に逃げ込み、とりあえず最も近くにあった総門の屋根の下に避難した。
数本の柱に屋根が乗っかっているだけの場所で雨宿りをするのは心許ないとも思ったが、よりちゃんとした屋内まではそれなりに遠く、移動するだけで十分びしょ濡れになりそうだったので諦めた。
やがて風も強まって屋根の下にいるだけでは足りなくなり、太い柱の風下側に背中を貼り付けるようにして雨を避けることにした。
私の足元には柱から爪先に向かって窄まる三角形のような濡れていないゾーンができていた。
そのゾーンの中にキュッと両足を収めて、雨が弱まるのを待つことにした。
近所をちょっと散歩するくらいのつもりだったので、持っていたのはスマホだけ、金は電子マネー含め一円も持っていなかった。
雨が止むのを待って家に直帰するしかなかった。
突っ立っているだけなのに何故だか楽しかったのを覚えている。
雨の迫力が快感をもたらしてくれるような気がした。
土砂降りの中、傘も金も持たず外に出ている自分が滑稽だった。
当然ながら周囲には誰一人おらず、大声で歌っても、濡れることさえ構わなければどんな変な動きをしても、他人に知られることはないだろうと思った。
実際に、大声ではなかったが歌ってみた。爽快だった。
やがて雨は止んだ。
私は軽装で出てきた自分を呪い、寒い冬の雨上がりに凍えながら帰路についた。
狂気のなせる技か、傘を持たなかったことを呪う気は起きなかった。
私の人生の忘れられない1日である。