距離は遠いが、私の心の中の英国はとても近い。小さなころからシャーロックホームズの冒険、ナルニア国物語、長じてはBBCのドキュメンタリーやドラマ「ニュートリックス」「ロンドン助産婦物語」などで好奇心を刺激されている。 今から四十年ほど前、まだ海外旅行が一般的ではないときに、思い切って友人と英国に行き、どこに立っても歴史の重みを感じる風景にさらに好きになった。 二十年前には夫の友人がレディング大学で教鞭をとるというので二人で訪れた。友人の案内でロンドン塔、オックスフォード
先週の土曜日は故郷の「本町八月踊り」が、コロナ禍以来五年ぶりに行われた。かねてから久しぶりに見てみたいと思っていたので、幼馴染の夫婦と共に訪れた。大隅半島の東南部小さな町のうえに、人口減少が進んで、あまり日中でも人も通らない。夕暮れ時に出掛けると、あたりには人も見られないし、街灯もまばらで、足元に気を付けながら会場へ向かった。 すでに最初の行事、八坂神社への参拝は終わったようで、行列は次の水神様の方へ移動していた。私は友人夫婦と会場の集会所横の広場で合流した。 まだ数人しかい
9.第四週 あっという間に三週間が過ぎ、今週は最後の週となる。ホームステイ先ではヤンがスウェーデンかららやってきた。彼は原子力研究者で、学会発表や質疑応答には英語で話すのに問題ないが、その後の懇親パーティーでの英会話が不自由で語学短期留学しにきたそうだ。翌朝は学校まで、この家の習慣で私が一緒に登校して道順を教える。数週間前に私がオクサナから教わったワゴン販売の美味しいコーヒー屋も一緒に。その日の夕食はサーモン、ポテト、グリーンピースと彩の良いワンプレートにコールスローサラダ
ひと月ほど前のパリ五輪の開会式。セーヌ川で行われると聞いていたので興味津々で以前から楽しみにしていた。時差があるので録画予約した。普段は録画番組は飛ばし見して一回限りだが、この開会式は違った。最初から最後まで意外の連続で四回も見た。テレビで放送されたものはリアル映像と録画したものを組み合わせて映画仕立てにしてあった。 セーヌ川に沿って聖火が運ばれ、いろんな出し物を見つつ、選手団の船での入場を追っていき聖火台に点火となる運び。 はじめはサッカーの大御所ジダンが聖火を持って
8.第三週週末 いよいよ滞在中最後の週末となる。土曜日は以前から勧められていたRousham gardenに、ユウコと行く。Cheitenham駅に集合し、Heyford駅まで 列車で行く。線路は時に運河に沿って走っており、運河を走るカラフルなナロウボートが見える。初夏の快晴のもと、緑の芝生、緑の木々に赤い船が映える。駅から歩いてRousham gardenに向かう。気持ちの良い空気、途中ライラックの花があちこちに咲いている。大きなガーデンに向かう。英国内で は、大
ボックス&キックはキックボクシングエクササイズの事だ。五十二歳の運動の苦手な私、そのボックス&キックを一生のうちによもや体験することになろうとは思ったこともなかった。そのジムは昨年秋できたとかで、自転車で5分の距離だ。意外に近くにあったのに全く気付かなかった。 きっかけは全く関係なさそうな事。映画の字幕で有名な戸田奈津子さんの講演会。鹿児島国際交流市民の会の三十周年イベントだっだ。生の戸田奈津子さんに鹿児島でお会いできることは今回以外ないだろうと応募し幸運な事に当選した。当日
第三週の一日目、今日は祝日で学校は休みだ。朝から近くのThe Parkに行ってみる。この公園はホームステイ先から徒歩で十分、毎週訪れていたがグロースターシャー州立大学と接していて、広々とした芝生の、あちこちにベンチが置かれ、自然のままの池もあり、ちょうど雁が子育て中で、すくすく大きくなるのが楽しみでもある。わずか数週間で親鳥とほぼ同じ大きさになる から、すごい成長スピードだ。大学との境には大型のツワがたくさん自生している。どうやらこの国では食さないらしい。 火曜日は授業の
初めてのシルバーウイーク、たっぷりの時間があったので沖永良部島まで足を伸ばした。 徳之島からは、フェリーで約2時間、日帰りも可能だが、あわただしいので、1泊することにする。出発前夜にいくつかホテルに電話するもどこも満室で、ようやく古い部屋ならありますがというところがあり、泊まれればいいのでとそこに決める。 当日は島の東側の港である亀徳港までは車で5分しかかからないので、フェリーの入港10分前に家をでる。出港は入港後30分である。ところが港に着いたものの人影まばらで、不審に思
ここはステージの横、バンドのメンバーと出番を待っている。初舞台に立とうとするわくわく感と間違わずに演奏できるだろうかという不安が入り混じっている。私にとっては今日がロックバンドデビューの日。 朝九時ホールのある八階フロアーへ入る。すでに皆が準備に動き始めている。必要な機材が建物裏へトラックで運ばれて来て、搬入口からエレベーターで揚げ、ホールの舞台まで移動させるのだ。出演者は約四十人、それぞれの楽器のアンプ、スピーカー、ドラムセット、音響機材、譜面台、ケーブル、マイクなど重
十二、三年前のこと、寒い冬のことだった。ご飯を作りたくないし、下げた食器を洗う気がしない、何にもやる気が起きないと思っていた時期があった。仕事には行って働けるし、食事作りも子供たちがいるから何とかやってはいたが、いつもの調子が出ない日が続いていた。 婦人科を受診したが、特に異常はなく、気持ちがリラックスする薬をもらう。ちょっとよくなった感じはしたが、一番リラックスでき、いい気分でいられたのは、その頃はやり始めたMDウォークマンでイヤホンを使って音楽を聴いているときだった。
コッツウォルズの4週間(8-5) 6 第二週末 今日は土曜日、学校のエクスカーションでバースへ行く。八人乗りの車二台を学校のスタッフが運転して、九時に学校を出発。初めて会う生徒もいる。目にやさしい緑の中を車はバースを目指す。バースは文字通り浴室を表すバスの語源になった街だ。イギリス南西部エイボン川に臨む都市で、十八世紀に栄えた温泉地だ。イギリスに住む人々が一番住みたい街だそうだ。駐車場はロイヤルクレッセントの前にあり素晴らしい広大な緑の芝生の横にある。世界史の教科書でも
コッツウォルズの4週間(8-4) 5 第二週 今日から第二週目。結婚して以来夫とこんなに長く離れて暮らすのは初めてだ。時差は十六時間あり日本のほうが早く、イギリスの朝が、日本の前日の夕方になる。毎朝安否確認も兼ねてライン電話を夫にかける。以前は国際電話料金は高価だったが、今やラインを使える人同士は無料である。夫は私のホームステイ希望を受け入れたものの、出発一か月前に足の小指を骨折しギブスをはめ両松葉杖となっていた。自炊ができない夫だが、食事を買いに行ければ問題なかったのに
阿蘇には何回も行ったことがあるが、バードウォッチングをするようになってからは初めてだ。鳥見仲間から常々、一年中鳥の見られる南阿蘇ビジターセンターは良い所で、隣にある休暇村南阿蘇も便利とも聞いていた。また親切なバードウオッチングのボランティアガイドの方が毎朝八時から十時までセンター内を回っておられて、申し込めば同行できることも聞いていた。 昨年末長崎に住む友人と計画して、四月半ば宿を予約し、ボランティアガイドの方へも予約を入れておいた。三月に入り、JRのチケットを購入する時期に
コッツウォルズの四週間(8-3) 4.第一週週末 今日はいよいよ初めての週末。予定していたコッツウォルズへバスで出発だ。明け方まだ寝ている五時に、父から電話がかかって来た。母が前日から目が見えにくくなり、その日の朝はさらに見えなくなったらしい。母は私が外国に行く事をとても心配するので、いつも出国する時に、郵便で行く先を知らせるようにしていた。今回も成田空港で日程と国際ケータイの番号を書いたものを投函していたのだった。父は生まれて初めての国際電話をかけたことになる。緊急事
先月久しぶりに上京した。一年に一回は上京するが、昨年は四月下旬だったので、趣味のバードウォッチングには、渡り鳥がだいぶ少なくなっていた。そこで今年は三月初めに計画した。去年今年訪れたのは東京港野鳥公園。そこは羽田空港を造るときに大規模埋め立てをし、その後そこに自然にできた池や草原に鳥が集まるようになり、一九七八年に公園になったところだ。長い年月が経って今ではそこは自然豊かな公園になり四季を通じて野鳥の姿が見られる。東の水辺の鳥たちの区域と西の森の鳥たちの区域に分かれている。昨
コッツウォルズの4週間 (8-2) 三. 登校第一週 翌朝は早速登校だ。前夜も遅く到着して、初めての環境であるが、滞在保険の関係で翌朝からちょうど四週間の通学、そして最終日翌日には帰国しなければならない。 初登校はホストマザーのジリーが車で学校まで送ってくれた。学校はチェルトナムの中心部にある。学校の受付で名乗ると、本日入校予定のバレリイと一緒にレベル分け試験を受けるように言われた。試験は出来るところまでやる方式だ。初めて受ける試験。初めのうちは基礎なのでスイスイ進み、だんだ