「伝える」の本質を知る、映画『パッドマン』
スーパーマン、アイアンマンに続くヒーロー(?)、パッドマンを知って欲しい。
この男がパッドマン。
は?めちゃめちゃ普通のバイク乗ったおじさんやん!!
と突っ込んでしまったあなた。
その通り。めちゃめちゃ普通のおじさんだ。
インド映画
『パッドマン ~5億人の女性を救った男~』
の主人公。
めちゃめちゃ普通のおじさんが、生理用のナプキンを安価で製造して、インドの多くの女性を救うヒーローになる、というお話である。
この映画を観て、私は感動した。
そして多くを教えてもらったので、みんなにもどうにかTipsを共有したい!!
真っ直ぐなまでの愛
この物語は愛の物語だ。
どうして彼が女性が使う、生理用のナプキンを安価で作ろうとしたのか、それは妻への愛があったから。
インドではナプキンは高価なもので、妻はいつもぼろ切れを充てて生理を乗り越えていた。
なんとか、快適にそして衛生的に使えるものを安くみんなが使えるようにならないか、そこから彼は動き出したのだ。
女性の生理を恥ずかしいもの、として捉えられていたインドの田舎で男性が生理について沢山考えて行動するのは、やはり簡単ではなかった。
変人扱いされて、無下にされて、それでも愛を持って走り続ける姿に、真っ直ぐさは人を動かす力があることを改めて感じた。
そして、ただただ真っ直ぐに見える奥には必ず強い動機と救いたいものがあることを知った。
得意な手段が彼を輝かせた
ネタバレになるので詳しくは言えないけれど、彼は自分の得意を使って多くの女性を救った。
それは、ただナプキンを作る、という言わば「手段」に囚われていたらできなかったことなのだ。
あくまで、「妻を救う」そして「妻みたいな女性を救う」という、何歩も先の目的があったから彼はヒーローになったのだ。
これ、自分にはかなりハッとすることで、私はしばしば手段が目的にすり変わってしまうことがあるのだ。
手段を目的にしてしまうと、視野が狭くなる。
そして、達成した時に、あれ?全然スッキリしない、というどうしようも無い違和感に襲われる。
目的を見失わないために、もしくは、目的を作っていくためには「なぜ?」というところを大切に、違和感に気づけることを大切に生きていくことが私は必要だと思うのだ。
伝えるって、上手であることじゃない
私が1番感動した、彼のスピーチ。
彼は英語がそんなに上手じゃなかった。
でも、通訳ナシで英語で自分でスピーチをした。
情熱とユーモアを持って。
ここにいる人たちに届けたい、ここにいる人たちに笑って欲しい。
目の前にいる人に最高のパフォーマンスをしようとする彼の姿が、結果的に画面を通して私を感動させた。
声、小さくてもいいじゃん。
目の前の人にちゃんと「届けよう」としているなら。
笑えなくてもいいじゃん。
目の前の人に愛を持って話せているなら。
「お話」の本質ってやっぱり、目の前の人にどれだけ「プレゼントを届けられるか」というところなのだ。
私が声小さい話はまたどこかでたっぷり書きたいのだけれど、そういう、届けること、お話することの意味を教えてもらった。
自分が生理の時にナプキンを使えるのって当たり前じゃないんだな
最後に、モノの尊さに気がついた。
当たり前にあるものも、必ず誰かが誰かを思って作られたもの、生まれたものなんだなって。
日本は便利グッズ、めちゃめちゃ多いじゃない。
ママが赤ちゃんのお世話をするために作られたグッズとか、女子高生が足を冷やさないように作られた靴下とか、そんなのもう全部愛だ。
そういう愛に気がついた瞬間、ぱっと心が華やいで豊かになるのが分かるのだ。
毎日紅茶が飲めること、レンジでチンしてご飯が食べられること、寒い冬にヒートテックがあること、全部全部尊い。
***
時代を作るのはいつも変わり者だ。
めちゃめちゃ当たり障りのない人のお話も好きだけどね。
でもだいたい映画の主人公って、当たり障りのないようで、どこかチャーミングだよね。
平凡とか普通とかってなんなんだろうね。
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