ベランダの微笑み
中学生のとき美術担当の大変若い女の先生がいた。小柄で色が白く、無口な人で、笑っているところを見たことがなかった。ひんやりとした人だった。
あるとき社会科の授業で学区を散策していると、アパートの一階のベランダに、美術の先生が洗濯物を干しているのに出くわした。そのとき彼女は産休中だった。私たちを引率していた学年主任と、ベランダの彼女とは、ベランダ越しに何やら大人の世間話をしていた。私たち生徒はそれをぽかんと待っていた。
今思えば彼女も、上司と生徒たちに生活を覗き見られてさぞ気まずかっただろう。遠い昔の取るに足らない記憶の断片だが、なぜか瞼の裏に明るく残っている。日の当たるうららかなベランダに、やさしくそよぐ洗濯物にかこまれて、色白のやわらかな微笑みがあった。
あれから二十五年ほど経っている。美術の先生の子供が、ちょうど、あのときの先生と同じくらいの歳なのではないだろうか。先生の子供も、今ごろどこかのベランダで、真っ白な洗濯物を並べているかもしれない。
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