西洋人形
子供のとき、ある婦人の家へひとりでお邪魔をした。その婦人が誰だったのか、なんの目的で訪れたのか、あとさきの事情が思い出せないが、ともかくはじめて訪れる家だった。
そのご婦人は人形が好きだった。居間に西洋人形が座っていた。二階に人形がもっとあるから見ておいでとご婦人が言うので、私は狭い階段を忍び足にのぼって、二階の襖をあけた。
そこは昼間なのにカーテンが引いてある薄暗い和室だった。カーテンが半端に開いていて、隙間から外の光が細く差し込んでいる。その部屋へ無数の西洋人形が所狭しと並んでいるのである。あるものは床に座り、あるものはパッケージの箱のまま置いてあった。そうして数は多いがどれも同じような背格好で、同じような色の服を着ていた。赤いカーテンを透かした光が、薄暗い部屋を血のように染めていた。私はひとわたり人形の群れを見渡すとすぐに部屋を出た。
一階に戻ると、ご婦人が居間にあった西洋人形を抱かせてくれた。赤ん坊のように胸に抱いてみて、私はどきりとした。まるで人間の赤ん坊を抱いているような生き物の感触がしたからである。ぞっとして人形を下ろした。人形は、つぶらな瞳を天井に向けたまま、ぱちりとまばたきをした。ご婦人は、にこにこ笑っていた。
私はそれ以来、西洋人形を抱いたことがない。
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