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ハトとカラス


 駅前に立つ一本の大樹のもとにハトが集まっていた。あるものはせわしく土をついばんで、あるものは丸まってうっとりと瞼をとじている。二羽で睦まじく羽を繕い合うつがいもある。バスと自動車と群衆のうずまく騒音の中で、自分はしばしその平和な小天地に見とれていた。

 駅前の繁華街にある家具屋へ入った。店の静かな床をそろそろと踏んで、およそ自分の部屋には似つかわしくない洒脱な雑貨を見てまわった。そこへゴツンという、小さくも重い衝撃がショーウィンドウに響いた。ふりかえると窓の外でハトがひっくり返っていた。ハトはひっくり返ったまま、天地の区別もつかない様子で狂ったように暴れていた。ハトの身になって自分は眉をひそめた。時間が経って野生の回復力で元に戻ることを願った。

 ほどなく店を出た。まっさきにハトの落ちたほうへ目を遣った。そこにはカラスの背中があった。カラスがハトの腹を突っついていた。ハトの腹はナイフで裂いたように大口をあけて臓腑をあらわにしていた。カラスが顔を上げると、くちばしにハトのはらわたが垂れ下がってゆれていた。ハトはもう動かなかった。自分はあっけにとられてしばらく目が離せなかった。すぐに忘れたいような、ずっと見ていたいような、かなしい気持ちになった。

 ある夜、静まりかえった小路にカラスのけたたましい鳴き声が響き渡った。近づくと低い電線にカラスがとまっているのを見止めた。自分はその下を通った。ただごとではない鳴き方に不気味さを覚えた。けれど何が起こっているのかはわからなかった。カラスは路地を見下ろして一心に鳴いていた。

 あくる日、おなじ小路を通ると、路傍にカラスの亡骸があった。黒い羽毛が露に濡れて美しく光っていた。しかしそこに生命はなかった。昨夜のカラスだろうか。それとも昨夜からそこに死んでいたカラスだろうか。自分はふと、昨夜の電線のカラスは、この亡骸にむかって終夜呼び続けていたのではないかとおもった。夜の果ての薄明に、諦めて飛び去るカラスの後姿を想像して、自分はまたかなしい気持ちになった。

 次の日、カラスの亡骸はもうなかった。




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